Q&A13
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【1】
●子どもの潔癖症(疑惑症)

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子どもの手洗いグセについての
相談が届いています。

掲載許可がいただけましたので、少し
改変して、お届けします。

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Q:初めて相談をさせていただきます。
よろしくお願いします。

幼稚園に通う長男のことです。
もともと、人見知りをしない子で、愛想も良くいつも
ニコニコと元気のよい子だったのですが、この8月頃ごろから
急に、よく手を洗う様になり、特に幼稚園から帰ると、1時間くらいの間に5〜6回、多い時は10
回くらい手を洗うようになりました。

本人に聞くと、手が汚いから・・とか、手が臭うから・・と言って洗っていました。誰かに臭うと言
われたのか聞くと、そうじゃないと言います。でも、元々気にしない子で、いつもこちらから、洗
いなさいと言わないと洗わない子でしたのに、やたらと気にする様になりました。しかも、しょっ
ちゅう、手の匂いを嗅いで確認しています。

朝も幼稚園に行くのも嫌がり、ぐずったり、メソメソとすぐ泣くようになりました。先生に聞くと、
幼稚園でも同様のようです。それ以来、なるべく長男が手を洗うときはついて行って、一緒に洗
ってあげたり、匂いがないか確認をしたりするようにしました。

すると、手を異常に洗うことはなくなったのですが、今度は、手を全然洗いたがらなくなり、手が
汚れないために、なるべく手を使わず足を使ったり、お菓子などは、犬食いをしたり、片手にウ
エットティッシュを持って、拭きながら食べたりするようになりました。

しかも、匂いは相変わらずしょっちゅう嗅いでいます。何か触ったり、物を食べたりした時
も・・・。

メソメソするのも相変わらずで、ちょっと怒られたり、嫌な事があると、泣き出します。一度泣く
と、こちらから傍に行って、抱きしめたりするまでずーっと泣き続けます。それ以外の時は、愛
想も今は以前の様によく、元気も良いです。先生のHPを見させていただいて、もしかして疑惑
症というものではないかと、心配になり、またどのような対応をしてあげれば良いのか、教えて
頂きたく相談させて頂きました。

幼稚園の先生にも、相談してみたのですが、今までウチの子の様な行動をとる子がいなかっ
たとかで、先生も頭を悩ませているようでした。9月までは、幼稚園でも、もの凄く元気いっぱい
でいつもニコニコしていたらしく、先生にもよく褒めて頂いたくらいなので、先生も驚いているよ
うです。

ぜひ、良い対応がありましたら、教えて頂きたいと思います。宜しくお願いします。
(滋賀県M町、IKより)

【はやし浩司より、IKさんへ】

「長男」とありますから、下にお子さんがいらっしゃるのでしょうか。
ひとつのきっかけとして、下のお子さんが生まれたことが原因で、神経症に
なった可能性があります。

子どもの神経症による症状は、千差万別です。
定型がありません。

検索エンジンを使って、「はやし浩司 神経症」もしくは、「はやし浩司 手洗いグセ」を
検索してみてください。
あわせて、「はやし浩司 赤ちゃん返り」も参考にしてみてください。

また様子からみると、幼稚園の指導、もしくは友人関係に何らかの問題があるようにも
感じます。
先生が神経質であるとか、友だちとの間にトラブルがあるとか、など。

もう一つ気になるのは、「もともと、人見知りをしない子で、愛想も良くいつも
ニコニコと元気のよい子だったのですが……」という部分です。

子どもは人見知りするのが当たり前。
また見知らぬ人に対して、愛想が悪いのが当たり前。
そういう前提で考えてください。

愛情飢餓状態の中で子どもが育つと、一見、このように、人見知りしない、
愛想のよい子どもになることがあります。
どこかで親の愛情に不安を感じていないか、一度、観察してみてください。
またその「根」は、深いと思ってください。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 子ど
もの手洗いグセ 疑惑症 潔癖症 神経症 手洗い癖 はやし浩司)


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【子どもの心の奥にあるもの】

++++++++++++++++

よく誤解されるが、情緒不安というのは、
情緒が不安定になることではない。
(心の緊張感)がとれないことを、情緒
不安という。

心が緊張しているとき、不安や心配ごとがあると、
心は一気に不安定になる。
結果として情緒は不安定になる。
つまり情緒不安というのは、(心の緊張感)が
とれない、その結果として現れる症状をいう。

子どもの情緒不安を感じたら、まず、心の
緊張感が、いつ、どのように発生し、どのように
作用しているかを、観察する。

慢性化すれば、神経症(症状は千差万別)を
発症するようになる。
疑惑症、嫌悪症、潔癖症なども、そのひとつ。

対処法としては、(心の緊張感)をほぐすことを
第一に考える。

+++++++++++++++++

【AKさんより、はやし浩司へ】

 6歳の娘と、4歳の息子がいます。6歳の娘についての、相談です。

長女はいい子で優しく素直な子です。神経質で、きっちりしている(言いつけを守る)ところもあ
ります。5歳くらいまで母子分離不安が強く近所で多数の子供たちと遊ぶと、うちの子はなかな
か私から離れず、みんなの中に入って行くのを尻込みするタイプでした。何か心にストレスを感
じるとすぐ身体症状が出る子で、幼稚園入園後半年で円形脱毛になり、年長に上がった時に
神経因性頻尿になりました。いずれもたくさん構ってあげたりスキンシップや気分転換させると
自然に治りました。

 今困っている症状は、手を洗っても汚れがついている気がする・その手で蛇口を触れない(蛇
口をずっと長いこと洗います)・手に触れるものや口に入れるもの全てにおいて清潔か、触って
も大丈夫かの確認を何度もする・チック(目をぱちぱちする)です。手洗いに関しては、私が指
摘したせいか本人も自覚してしまってつらがっています。手洗いの際私が手を包み込んで一緒
に洗うと、ましなようです。

 弟の方はマイペースで長女のようにきっちりせず、のびのびしています。母親に対する独占
欲が強く長女といつも私を取り合う感じです。3歳頃まで泣きひきつけがひどく、あまり泣かせな
いようにしてきたからか、長女は我慢をすることも多かったと思います。次男出産後1年半は保
育所に預けていました。

 私自身にも問題があります。一度火がつくと自分でもコントロールできない程激しく叱ってしま
うのです。私の母親が普段は優しく愛情深いのですが、怒るとすごくこわく、いわゆるヒステリー
タイプで、毎日夫婦喧嘩の声(母の怒った声)に子供の頃から心が休まらない家庭でした。母
の顔色を伺いながら生きてきた自分を考え、自分は絶対そんな思いは子供にさせまいと思い
続けて母親になりましたが、時々自分の中に母親の影をみることがあります。

特に生理前などはイライラが強く、子供にきつく怒ってしまいます。その度に自己嫌悪に陥り反
省し、よし明日からはとがんばるのですが、1ヶ月くらいたったある日それまでの努力を自分で
台無しにするような怒り方をして、また反省し繰り返しです。こんな自分も嫌です。どうにかして
治したいのですが。夫に私がきつく怒りすぎて子供が萎縮していると指摘を受けました。

 今回長女の強迫的な行動におろおろし、いろいろ調べたところ、はやし先生の相談者に対す
るアドバイスを読み、今まで長女は繊細であれこれ困ったことが起きるなと思っていたのは、す
べて私が原因だったのでは?、と思いました。長女に対して今最大限のスキンシップをはかる
ようにしていますが、このまま続けて行けば良くなるでしょうか? ひどい時は10分おきくらい
に、「足を触ったかもしれないけどその手を舐めたかもしれないけど大丈夫?」といった質問を
繰り返したり、手洗い場で「洗っても洗っても汚れてるみたいな気がする」と泣いている娘をみ
ると、早く治してあげたくて受診させたほうがいいのかと悩んでいます。

主人は自分の実家で気分転換させたら?、といいます。(主人の実家は長女びいきで行くとい
つも娘の表情が穏やかでわがまま言い放題、のびのびしています。)先生、どうか返答は遅く
ても構いません。是非アドバイスをお願いします。私自身はメールアドレスを持っていないので
主人の名前で出しています。(相談者・AK) 

【はやし浩司よりAKさんへ】

 まずAKさん、あなた自身の心が、なぜいつも緊張状態にあるかを、静かに観察してみてくだ
さい。いつもピリピリしているというようであれば、そのもとになっている、原因をさぐります。

 私の印象では、AKさん自身が、心を開けない人のように思います。他人の前に出ると、緊張
してしまうとか、(結果的に疲れやすい)、仮面をかぶってしまうとか、そういう状態ではないかと
思います。

 さらにその原因はといえば、AKさん自身の母子関係にあります。AKさんと、AKさんの母親
との関係です。AKさん自身も、子どものころ、(いい子)ぶることで、いつも自分をごまかしてい
た。現在のあなたの長女のように、です。

 で、相談の件ですが、年齢的に、つまり2歳下の弟がいるということですから、長女は、まだ
人見知り、後追いのはげしかったころ、下の弟が生まれたことになります。下の弟が生まれた
ことによって、大きな愛情の変化を感じたと思われます。対処の仕方を誤ると、赤ちゃん返りと
いう症状が生まれます。

 長女は、現在も、その(赤ちゃん返り)の流れの中にあると思ってください。

 子どもというのは、環境の変化にはたいへんタフですが、愛情の変化には、敏感に反応しま
す。親は「平等にかわいがっている」と言いますが、子どもには、そういった論理は通用しませ
ん。あなたの夫が、ある日突然、愛人を家に連れ込んできたようなばあいを、想像してみてくだ
さい。

 もうおわかりかと思いますが、長女は、慢性的な愛情飢餓状態にあると考えて対処します。
濃密なスキンシップ、添い寝、手つなぎなど、こまめに実行してみてください。ポイントは、『求め
てきたときが、与えどき』です。

 長女のほうから、スキンシップを求めてきたようなときは、すかさず、(すかさず、です)、それ
に応じてあげます。「あとでね……」「忙しいから……」は、禁句です。ほんの数分、応じてあげ
るだけで、子どもは、落ちつくはずです。

 ほかに食生活にこころがけてみてください。CA、MG、Kの多い食生活(=海産物中心の献
立)にするだけでも、かなり効果があります。(薬物に頼るのは、この時期、勧めません。)とく
にCAの多い食生活を大切にしてみてください。市販の子ども用錠剤なども、効果的です。
(薬局へ行くと、高価な錠剤を勧めますが、安いものもあります。安いのでも効果は同じです。
服用量を注意して、与えます。)
私自身も、心の緊張感がほぐれないときは、CAの錠剤をバリバリと口の中で割ってのんだりし
ています。ほかにハーブ系の錠剤をのむこともあります。

偏食、とくに白砂糖の多い食品は、避けます。(家庭では、精製してない黒砂糖を料理に使うと
よいでしょう。)

家庭生活の要(かなめ)は、子どもの側からみて、(心の休まる)環境です。
長女は、おそらく外の世界(幼稚園など)では、いい子ぶることで、自分の立場を保持している
はずです。つまりそれだけ神経疲れを起こしやすいということです。ですからその反動として、
家の中で、ぞんざいな態度、横柄な態度を見せるかもしれませんが、そこは許してやってくださ
い。
「うちの子は、外でがんばっているから、家の中ではこうなのだ」と、です。

6歳ともなると、(家)は、(しつけの場)ではなく、(憩いの場)とならなくてはいけません。疲れた
心を休める場所です。

手洗いグセについては、『暖かい無視』に心がけます。心の緊張感(わだかまり、こだわり)が
ほぐれてくれば、自然になおります。親がカリカリすればするほど、逆効果です。なお子どもの
神経症については、私のHP→(ここが子育て最前線)→(子ども診断)→(神経症)に収録して
ありますから、参考にしてください。

http://www2.wbs.ne.jp/~hhayashi/page080.html

で、問題は、AKさん、あなた自身です。

遠くは、あなたとあなたの母親との関係にまで、原因がさかのぼります。あなた自身が、全幅
に、あなたの母親に受け入れてもらえなかった……。それが今、あなたの対人関係(もちろん
子どもに対しても)に、影響を与えています。さみしがり屋で孤独なくせに、しかし集団の中に入
っていくと、すぐ神経づかれを起こしてしまう、と。他人を信ずることができない……つまり、他
人に心を開くことができない。自分をつくってしまう。ありのままをさらけ出すことができない、な
ど。
(あるいは何かの原因で、長女を愛することができないのかもしれませんね。「長女を愛しなけ
ればならない」「しかしどうも好きになれない」と、AKさん自身が、心の中で葛藤しているという
ことも考えられます。あなた自身も、親に愛されていなかった……。その世代連鎖が、今もつづ
いている可能性も否定できません。)

ともかくも、こうした緊張感が、ちょっとしたきっかけで、爆発してしまう。長女に対して、です。

症状としては、AKさん自身が、(うつ病質)であると考えられますが、専門的な判断は、ドクター
にしてもらってください。同時にAKさん自身も、CAの多い食生活に心がけてみてください。

ほとんどの親は、子どもに、ふつうでない症状が現れると、子どもに原因を求め、子どもを治そ
うとか、直そうとか考えます。しかし子どもは、(家族の代表)でしかありません。
幸いなことに、AKさんは、今、それに気づきつつあります。つまりすでに問題は、半分以上、解
決したということです。

あとは、長女のよいところだけを見て、長女といっしょに、もう一度人生を楽しむつもりで、子育
てをすればよいでしょう。あるいはもうそろそろ長女から離れ、あなた自身が自分でしたいこと
をすべき時期に来ているかもしれません。夫の実家でめんどうをみてくれるというのですから、
そういう場をうまく利用して、あなたはあなたで、好き勝手なことをすればよいのです。

また、子どもを愛せないなら愛せないで、気負うことはありません。実際そうした母親は、7〜1
0%はいます。まず、あるがままの、自然体で、子どもに接することを大切にします。「親だから
……」と気負ってはいけないということです。(メールによれば、AKさんは、かなり親意識の強
い方のようですから……。)子どもの「友」になることだけを考えて対処します。

どうであるにせよ、症状としては、この時期、たいへん多いですから、あまり深刻に考えないこ
と。ただし環境を改善したとしても、すぐには症状は消えません。あせらないこと。チックにして
も、家庭環境が改善されても、ばあいによっては、そのあと、数年つづくこともあります。(手洗
いグセは、比較的早く、症状は消えます。)

詳しくは、「はやし浩司 神経症」「はやし浩司 手洗いグセ」で、検索してみてください。
またAKさん自身の問題は、「はやし浩司 基本的信頼関係」が、参考になると思います。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 
Hiroshi Hayashi 子どもの神経症 手洗いグセ)

【IKさんより】

こんにちは。
以前、疑惑症の事で、先生に相談させていただいた者です。
5歳の長男の事で相談をさせていただきました。
メールを何処に送ってよいのかわからず、、相談コーナーのこちらに送らせていただきました。
先生、ありがとうございました。
お陰様で、5歳の長男ですが、以前の元気が良く、活発な子に、戻りました。
先生がおっしゃっていましたように、スキンシップを濃厚にしたり、食事を気をつけたりしました
ら、本当に2ヶ月ほどで、よくなりました。
幼稚園も楽しいらしく、先日ありました発表会では、元気いっぱい演技もしていました。
あれほど心配しました、手洗い癖も殆どなくなり、
時々匂いを気にする事もありますが、こちらがほっておくと、すぐ気にならなくなるようですし、
手を汚したくないからと、犬食いをすることもなくなりました。幼稚園でも同様のようで、以前の
息子に戻ったと幼稚園の先生にも、言われています。
先日は、仲の良い友達をうちに連れてきたりもしていました。本当にありがとうございました。
メルマガもいつも読ませていただいています。
これからも、参考にさせていただきたいと思います。






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【2】
●早熟な(?)子ども

【Dさんから、はやし浩司へ】

はじめまして。先日M市のM幼稚園での講演を、楽しく興味 
深く拝聴いたしました者です。

 実は、5歳の息子が私のおっぱい(乳首)を触りたがって困って 
 います。息子は5歳にして、もう勃起もするようで、肉体的に早 
熟なようです。私も気持ちがわるいので、怒鳴ってやめさせてし 
 まうのですが、やはり良くないことでしょうか?

また、一人っ子の育て方で何かアドバイスがあればお願いします。
はやし先生へ

【はやし浩司からDさんへ】

 拝復

こんばんは!

お子さんは5歳ということですから、
そういうことがあっても、おかしくありません。
「早熟」というよりは、「愛情飢餓」を疑ってみてください。
慢性的な欲求不満状態と考えます。
下にお子さんがいますか?

「長男」と書いてあるところから、下にお子さんがいらっしゃる
と推察します。

もしそうなら、愛情不足、あるいは愛情への不安が原因と
 考えてください。

小3男児で、母親の乳首を求める子どもは、多いです。
また勃起については、これは無意識の反応で、
おとなの勃起とは、中身がちがいます。
(幼稚園の女児でも、異物で刺激して快感を
覚えますが、そのときおとなと同じように、
湿潤することがわかっています。)

 あまりおおげさに考えないように!

(1)求めてきたときが与え時と考え、スキンシップを
求めてきたら、ぐいと抱いてあげます。

(2)お母さんが不快に感ずることについては、
がまんせず、率直に、それを子どもに伝えます。

(3)無理にやめさせようとすると、情緒が不安定に
なりますから、注意してください。
 少しずつ、1〜2年かけて、親離れできるように
仕向けます。

 症状としては、指しゃぶりと同じように考えてください。
乳首を吸うことによって、子どもは自らの心を安定させよう
 とします。

おとなでも、そうです。

(4)手つなぎ、添い寝などをふやし、愛情飢餓にしないように
しながら、CA、MG、Kの多い食生活に心がけて 
みてください。

なお男児のばあい、小2〜3ごろから勃起を経験します。
「いじっていると大きくなった」というような感覚で、
それをとらえます。
射精するのは、女児の初潮よりやや遅いころからです。

では、

おやすみなさい。


 参考

「はやし浩司 指しゃぶり」
「はやし浩司 神経症」で
検索してみてください。

【Dさんより、はやし浩司へ】

はやし先生へ

早々のお返事ありがとうございました。
いつもガミガミしかる事が多かったので、愛情面で不安だったのか 
もしれません。これからは気をつけます!
丁寧な回答をありがとうございました。
これからもよろしく願いします。








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【3】
●Y県F町にお住まいの、GTさん(母親、40歳)から、
こんなメールが届いています。

ほんぼのとした奮闘ぶりが伝わってくる、楽しい(?)メールです。
転載許可がいただけましたので、紹介させていただきます。

【GTさんより、はやし浩司へ】

こんにちは。毎日暑いですね。
先生の講義を聴いて(子どもが年中・5才)から、マガジンの読者となり、今、子どもは4年生で
すから、5年もの間お世話になっていることになります。本当にありがとうございます。

メールマガジンも全部とはいかなくなってしまいましたが、時間をみつけては読んでいます。い
つもハッと我に返ることや、反省ばかりですが、ありがたく参考にさせてもらっています。

なかなか、自分にできることがないのですが、今回これは!、と思うところがあり、お伝えしよう
と思いましてメールしました。

夏休みといえば、宿題。4年生になって、読書感想文、絵、計算マラソン、夏休み学習帳に科
学作品など、子どもだけではなかなかできない課題も多く、どこの母親も手を焼いていると思い
ます。私も本当に大変でうんざりしています。(苦笑)

暑さと子どものやる気のなさと、いい加減さで、もうイライラは絶頂でした。「どうしてこんなにで
きないんだろう? 私の子どものころはもっとちゃんとやっていた!」と常々思っていました。

ぎゃんぎゃんわんわん、囃したて、監視までして、(子どもが嘘つくので……)、宿題をやらせて
きました。どうしたらやってくれるのだろう?、と悩んでいました。
でも、今日たった今、あきらめることができました。

たまたま、仕事の都合で私一人実家から帰り、ひとりなので、大掃除をしたとき、昔の古いダン
ボールを開けて中身をみたら、その中に、私の日記や卒業文集がありました。

パラパラと読んでがく然。あ然。燃やしてしまいたいほど恥ずかしい文章でした。内容も。
今の私がマシかと言えば、?ですが(苦笑)

でも小学校・中学校、どちらも文章も稚拙で浅はかで、さすがに参ってしましました。
日記も下手な絵と好きな人のことばかり。ハートマークばかり、ショックでした。。。
そう、子どものことは、言えないですヨ、私は・・・。

小学校の文集「趣味は?」の欄にはなんと、「寝ること」と書かれてました。冗談でしょ?と思い
ましたが、これは事実。
自分の文集を読みながら、「こんなの恥ずかしくて子どもに見せられない!」と。
・・・しばらく落ち込んだ後に、そう、私は子どもに求めてはいけないと、深く反省しました。

私が本を読むようになったのは20才ごろからです。
それまでは読書感想文の本さえも、マトモに読んでいませんでした。(あらすじ)を参考に書いて
いたこともあったような・・・。そう、カエルの子はカエルの子なんだなぁとしみじみ思ってしまった
わけです。

無理やり押しつけるのは駄目なんですよね。
子どもの欠点はよく見つけられる(他人ですし)のですが、自分の欠点はなかなか見えないもの
です。

でも、この事実。この卒業文集を目の当たりにして、自分のことがよく見えた気がします。
もう、「お母さんはもっとちゃんと書いていたし、字もきれいだった」と言えません。とんでもない
です。

子どもと同じ目線で、考える。
自分は、それを実行している方だと思っていましたが、勘違いだったのですね。
無理なことばっかり言っていたような気がします。

いつのまにか、子どもの心と離れていた気がします。
今回の出来事はとってもいい機会(反省の)だったので、こうして報告することにしました。
なかなか謙虚になれないお母さんは、(私のような)、多いと思います。もしそうなら、ぜひ、自
分の子どものころの作文や文集・日記を開いてみてはいかがでしょうか?

それで、しばらくは子どもに対して怒ったりできなくなると思います。(でも中には優秀なお子さ
んもいらっしゃるので、返って怒りたくなる方もいらっしゃるのかな?)

なかなか反省できない私ですが、今回ばかりは言いわけできない事実を突きつけられ、ただた
だ反省しているという次第です。

先生のお話はありがたく読ませてもらっいますが、実行できない私にとって、良い薬になったで
きごとです。

参考になったら幸いです。
稚拙な文章で伝わったかどうか心配ですがいつもお世話になっている感謝の気持ちも込めて
メールしました。最後まで読んでくださってありがとうございました。

今年も残暑が厳しそうです。ご自愛ください。

【はやし浩司より、GTさんへ】

メール、ありがとうございました。
私は最近、反対に、若いお母さんと、女子高校生の区別ができなくなってきました。年齢の差
が開けば開くほど、そうなのかもしれません。そのうち、若いお母さんと、女子中学生の区別が
できなくなるかもしれません。

つまり私から見ると、年齢差が30歳ある若いお母さんも、40歳ある女子高校生も、「同じ」と
いうことです。「30」と「40」のちがいなど、誤差のようなものです。

だからときどき、「ああ、女子高校生のようなお母さんが、子育てをしている!」と、驚くことがあ
ります。(だからといって、お母さんのレベルがどうのこうのと言っているのではありません。誤
解のないように!)
「みんな、若いのに、よくがんばっているなア」と思うわけです。

……こうして私は、ますますジジ臭くなっていくわけです。ハハハ。

また楽しいメールを送ってください。
楽しみにしています。







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【4】

●掲示板への投稿より

++++++++++++++++++++++

久しぶりに私の掲示板をのぞいたら、
こんな書き込みがありました。

私の書いた返事が少しは役にたったようです。
うれしかったです。

そのまま転載させてもらいます。

++++++++++++++++++++++

【Uさんから、はやし浩司へ】

7月18日の投稿に対し回答を頂き、心から感謝いたします。
はやし先生の原稿も読ませていただきました。
心の整理がつくまで時間がかかりましたが、何故でしょう、今は心静かに投稿させていただい
ています。

「不安」の原因は0〜2才前後と言うご指摘に震えました。私の母は2才の時に母親(私からす
ると祖母)と死に別れていたからです。
私の中にも私の母の中にも母親像が無かった・・・。
幼い頃の私の記憶では、酒に酔った父と母はしょっちゅう包丁を持ち出して夫婦喧嘩をしてい
て、母は、私が小学校に上がると同時に家でしていた内職の仕事を辞め、外に働きに出るよう
になり、夜遅くならないと帰って来ませんでした。
私は自分の食事を自分で作って食べ、お弁当も自分で詰めていました。
そんな家庭が当たり前と思っていた部分が今日までありました。

はやし先生のおっしゃるとおり私の心の中には母親像が無かったのです。
そう気がついた今、両親を恨んでも自分の運命を嘆いても仕方が無い。運命を受け入れようと
心に決めました。
私が日本人であるように、女に生まれたように、この性格は自分の運命。受け入れるしかな
い。覚悟しました。

はやし先生が「治そう」とか「直そう」と思う必要はない、うまく付き合え、と言ってくださったので
何だか心が楽になりました。

娘の事も"元気で生きていてくれればそれで十分"と思うようにし、「求めてきたときが、与えど
き」と気楽に考えるようにしてゆきます。

何だか気負いが嘘のように抜けてゆきました。訳も無く涙があふれてたまりません。気持ちが
すごく楽になりました。

はやし先生、本当にありがとうございました。
(08年7月23日)

++++++++++++++++++H.Hayashi

以下、そのときの掲示板への相談を、
そのまま添付します。

+++++++++++++++

掲示板のほうへ、
こんな相談がありました。
毎日子育てをしながら、
不安でならない……。
そんな内容の投稿です。

+++++++++++++++

【Uさんから、はやし浩司へ】

小学一年生(6歳)の娘と、私自身のことで毎日、戸惑っています。

私自身も自分の心に問題、(わがまま、恩着せがましい依存性など、幼児的願望が強い)を抱
えていることを自覚しています。まだ、それを克服することができず心の中で、のた打ち回って
いるのが現状です。

そのこともあり、娘には三歳まで私の母や姉、主人の手を借りて何とか一切怒ることはもちろ
ん、叱ることもせず過ごしました。(娘を出産した病院の院長先生に、三歳までは何があっても
怒ってはいけないと忠告されたためです。)

けれど、娘が四歳を過ぎてからそれまでのがまんが限界にきたのか、自分でもどうしようもなく
ヒステリックに娘に怒ることが多くなり、このままでは娘が壊れてしまうような危機感を感じてい
たところ、はやし先生のこのリンクに出会い、近ごろは娘と距離を置くようにしています。

ただ、そうすればそうするほど娘が私に、絡んでくるのです。例えば、ひらがなの『や』が、「これ
は『か』に見えるから直しなさい。」と言うと、「やだ、これでいい。」とか、「お母さんがこんな風に
教えた」とか、そこから始まり、その後の食事もお風呂もそれ以後ずっと機嫌が悪くなり、手が
つけられなくなるのです。

また、娘がふてくされていたり、つまらなそうな顔をしていても、その心をうまく汲み取れず、い
つもどおりに「帽子もちゃんと片付けなさい」など言ってしまい、それでもぐずぐずしている娘に、
「はやくしなさい」などと、追い討ちをかけてしまうのです。そうなると、その日はそれでもう何も
かも動かなくなるのです。

今朝娘が、「今日もお父さんは夜遅いから嫌だな、怒りんぼ母さんと一緒は嫌だ」と涙をためて
言う姿を見ると、私は私自身を蹴飛ばしてやりたい気持ちで一杯になりました。何故でしょう
か。気負いが強すぎるのでしょうか。

『1日1回、娘をゲラゲラ笑わせてやる』という私自身の目標も、全然実現しないし、本当に私は
娘に優しくないんです。いつも何かに追いかけられているような気がして、(ゆっくり)ができない
のです。

夕方娘と庭に水をまき、ゆっくり娘が育てているアサガを見ながら、冗談でも言ってゲラゲラ笑
いたいのに、「さ、早く手と足を洗って部屋に入ろう」などと言ってしまうのです。何か、いつも自
分がガツガツ急き立てられていて、心にゆとりがもてない。こんなことしていたら娘もそうなる。
だから「急き立てたり、『早くしなさい』を言わずにいよう」と、そう毎日心で唱えていても、極端な
話、口が勝手に言ってしまう感じで・・・その後、自己嫌悪で胸が苦しくなります。その繰り返しで
す。

娘に優しくゆったり接することができない私と、一度こじれたら修復できない娘のぐずぐず・・・。
『こんな母親死んでしまえ』と心で自分に怒鳴りつけているのですが、どうしていいのかわかりま
せん。

林先生がおっしゃる「一貫性」は本当に難しい、と言うより苦しいです。毎日、朝と学校から帰っ
てきたら、娘を抱きしめています。けれど、娘にしていることはそれだけです。私の心のどこを
どう整理をしたら、優しい母親、娘に優しく接することができる母親になるのか、私自身がわが
ままで、甘えているのは重々わっているのですが、何か一筋のくもの糸でもかまいません。何
か助言がありましたらどうか教えて下さい。お願いします。

【はやし浩司より、Uさんへ】

あなたを、Uさんとしておきます。
Uさん自身も、不幸にして不幸な家庭環境で、育っているとみてください。
「不安」の原因は何かわかりませんが、恐らくUさんが0〜2歳前後ごろ、その(種)ができたも
のと思われます。

Uさんからみて、安心して、のんびりと過ごせる家庭環境になかった。
とくに母子関係(Uさんと、Uさんの母親の関係)を疑ってみてください。
Uさんの母親もいつも不安で、その不安を、Uさんにぶつけていたと思います。
それが今の、Uさんのパニック障害(少し前まで、「不安神経症」と呼ばれていました)につなが
っていると考えられます。

(心の緊張感が取れないことを、以前は、不安神経症と呼んでいました。
いつも心は緊張状態にあって、その状態のところへ何らかの不安や心配が重なると、一気に、
緊張状態が加速され、そこでパニック状態になるというわけです。)

ショッキングなことを書きましたが、まずUさん自身の過去と、真正面から向き合うことが大切で
す。
Uさん自身の心の奥深くを、自分でのぞいてみることです。
この問題は、そういった問題があるということではなく、Uさん自身が、自分の過去に気づくこと
なく、その過去に振り回されるところに問題があります。

Uさんは、心豊かで、愛情に満ちた乳幼児期を過ごしましたか?
全幅の(さらけ出し)をしながら、幼児期を過ごしましたか?
恐らく、そうではなかったと思います。
Uさんは、親の前で、いつも(いい子)でいた(?)。

もっとはっきり言えば、あなた自身の中に、(母親像)が育っていないということです。
あるいはUさんは、いつも母親を拒絶してきたというケースも考えられます。
その結果が、「今」ということです。

この問題は、子どもの問題ではありません。
Uさん自身の中の、(不安)の問題です。
この(不安)がなくならないかぎり、Uさんは、つきからつぎへと自分で問題をつくり、それに振り
回されることになります。
取り越し苦労とぬか喜びの繰りかえし……というわけです。

で、さらに問題をほりさげると、何が、今、Uさんを不安にさせているかということになります。
もちろん子育てについての不安もあるでしょう。
家庭問題? 夫婦問題? 経済問題? 家族の問題?

こういうケースでは、夫の協力が不可欠です。
しかしUさんは、その協力をじゅうぶん、得られず、それ故にさらに悶々と悩んでしまっていま
す。
袋小路に入ってしまっているのかもしれません。

実のところ私にも似たようなところがありますので、Uさんの精神状態がよく理解できます。
で、私のばあい、できるだけ食生活で、自分の心を安定させるようにしています。
海産物中心の献立にするなど。
Ca、Mg、Kが効果的です。
私の友人は、精神が不安定になると、いつもポケットからカルシウム剤を取り出して、ボリボリ
と口の中で、それをかんでいます。

あとは薬局で売っているハーブ系の安定剤を、よく口にします。
内科でも、副作用の少ない安定剤を処方してくれますので、一度、そういうところで相談なさっ
てみられたらどうでしょうか。
薬名はここでは書けませんが、私はときどき、それを2つに割って、口の中で溶かしながら、服
用することもあります。
(本当は1錠なのだそうですが、こうした精神薬は、いつも半分にして、口の中で溶かして服用
することにしています。
このあたりのことは、医師とよく相談して決めてください。)

Uさんにはつらいでしょうが、この問題は、これから先、一生つづきます。
たまたま今は、それが小1の子どもに向かっているだけ、ということです。
ではどうするか?

あとはそういう自分とうまくつきあうだけです。
「治そう」とか、「直そう」と思う必要はありません。
うまくつきあうのです。
みんな、どんな人でも、その程度のキズというか、トラウマというか、そういうものをもっていま
す。
Uさんだけが特別というわけではありません。
Uさんが言っておられるように、Uさんは、心配先行型、不安先行型の子育てをしています。
ちゃんとした(母親像)が入っていないため、どうしても気負いが強くなります。
「いい母親でいよう」という思いが強すぎるため、かえってそれが重荷になってしまうというわけ
です。
それが今のような、どこかギクシャクとした子育てにつながっている。

そういうときは、肩の力を抜くことです。
(本当は、Uさんが子育てから離れて、自分の好きなことをし、その結果として、子育てから離
れられるようにするのが、よいですが……。)

「ほどよい親」「暖かい無視」を繰りかえしながら、あなたはあなたで、好きなことをすればよい
のです。
仮に子どもを愛せないなら、愛せないでも構わないのです。
実際、約10%の母親たちは、(10%ですよ!)、子どもを愛せないということも、わかっていま
す。
万事、自然体で、子育てをすればよいのです。
頭の中で、「こうでなくてはいけない」とか、「そうであってはいけない」とか、思う必要はないので
す。
「子どもを愛せないから、私は失格人間」と思う必要もありません。

あなたはあなた。
子どもは子ども。

毎日、学校から帰ってきた子どもを抱く……それだけでじゅうぶん、Uさんは、すばらしい母親
です。
私など、一度も、そういうことはありませんでした。
あとは「求めてきたときが、与えどき」と心得てください。
Uさんの子どもが何かを求めてきたら、すかさず、与える。
それでよいのです。

それから投稿にありました、子どもの反抗ですが、この時期の子どもに、ごくふつうに見られる
反抗ですから、気にしてはいけません。
いわゆる(口答え)です。
(幼児期から、少年少女期への移行期に見られる、ふつうの口答えです。)
いちいち本気にするから、おおげさになってしまいます。
(このあたりにも、あなた自身の母親像のなさが、見受けられます。)

私の書いた原稿で参考になるようなものとしては、(好意の返報性)(親像)(育児ノイローゼ)
(悪玉親意識)(気負い先行型)などがあります。
ヤフーなどの検索エンジンを使って、「はやし浩司 好意の返報性」というように検索してみてく
ださい。記事をいくつかヒットできるはずです。

Uさん、あなたはすばらしい母親ですよ。
これほどまでに、自分をみつめ、真剣に悩む母親は、そうはいない。
まず、そういうあなた自身に自信をもってください。
その自信が、あなたの子どもに伝わったとき、あなたの子どももまた、安心感をあたなにもつよ
うになるでしょう。

どのみち、あと2、3年で、あなたの子どもは、親離れを始めます。
今はがまんのとき。
じょうずに子どもが親離れできるように、子どもをし向けます。

繰りかえしますが、Uさんが今経験しているような、親子騒動(?)は、珍しくも何ともありませ
ん。
ごくふつうの、一般の親たちが経験する、何でもない問題です。
(みんな、外から見ると、うまくやっているように見えますが、そう見えるだけです。)
できれば小学2、3年の子どもをもつ親に相談してみることです。
「うちもそうですよ」というようなアドバイスをもらって、たいていそれで解決するはずです。

そしてここが大切ですが、Uさんも子どもが親離れするのに合わせて、自分のしたいことを追求
します。
あなたにはあなたの人生があります。
子どものために犠牲になるのは、美徳でも何でもありません。
そういう姿を見て、あなたの子どももまた、たくましく成長していきます。

子どもの機嫌など、取らないこと。
嫌われてもいいじゃないですか。
中学生でも、約60%の子どもは、「親のようになりたくない」「尊敬できない」と答えていますよ。

それでよいのです。
子育てに幻想をいだかないこと。
子どもに尊敬されようとか、好きになってもらおうとか、思わないこと。
それともあなたは、自分の母親や父親を尊敬していますか。
好きですか。
文面を読むかぎり、答は「ノー」のはずです。

ついでに「はやし浩司 レット・イット・ビー」という原稿も読んでみてください。
参考になると思います。
(たった今、自分で検索してみたら、18件、ヒットしました。)

「レット・イット・ビー」というのは、「あるがままに……」という意味です。
では、また……。

はやし浩司

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掲示板へは、(はやし浩司のHPのトップページ)より、(メール)→(掲示板)へと、おいでくださ
い。)

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Uさんへ

読むのが遅くなり、失礼しました。
今日は8月22日です。








 Q&A INDEX   はやし浩司のHPへ 
【5】
●人形子(にんぎょうし)

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A小学校のA先生と、電話で話す。
その中で、東京のA原で起きた、凶悪事件が、
話題になった。

あの事件を起こした男性は、中学生のころまで、
非のうちどころのない、優等生であったという。
成績は優秀で、まじめで、従順で……、と。

そんな男性が、トラックを借り、通行人の中に
突っ込んでいった!
何人かの人を殺した。

そんな話をしながら、私は「人形子」という言葉を使った。

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ペットというよりは、人形。
そんな子どもが、10人のうち、1〜2人はいる。
イプセンの『人形の家』にならって、私は「人形子
(にんぎょうし)」と呼ぶ。

できは、よい。
見た感じ、人格の完成度も高い。
ものわかりもよく、先生の指示に対しても、すなおに
従う。

やることに無駄がなく、ソツがない。
宿題もきちんとやってくる。
何か質問をしても、いつも模範解答が返ってくる。

先生「拾ったお金は、どうしますか?」
子 「交番へ届けます」
先生「自分で使ってしまう人もいますが・・・」
子 「そんなことをすれば、落とした人が困ります」と。

学習面でもすぐれている。
「あなたは家から帰ったら、何をしているの?」と
聞くと、「お母さんが買ってくれた、本を読んでいます」
などと答える。

そんなわけで、幼稚園でも学校でも、「いい子」という
評価を受ける。(・・・受けやすい。)

冒頭で、「10人のうち、1〜2人はいる」と書いたが、
もちろん程度の差もある。
もし基準をさげたら、10人のうち、2〜3人に
なるかもしれない。

が、反対に、「これではいけない」と思う子どもも、いる。
そういう子どもが、20人に1人とか、30人に
1人とかいる。

というのも、人形子になるには、ひとつの条件がある。
子ども自身、ある程度、できがよくなければならない。
できがよいから、親が、子どもの教育にますます
のめりこむ。

つまり子どもは、親の期待にこたえようと、ますます人形子に
なっていく。
「いい子」を演ずることによって、自分の立場を確保しよう
とする。
わかりやすく言うと、仮面をかぶる。
が、そのうち、その仮面をはずせなくなってしまう。
幼稚園や学校に教師に対しても、そうである。

こうして幼稚園の年長期を迎えるころには、独特の
雰囲気をもった子どもになる。

一口で言えば、子どもらしさそのものが、ない。
子どもっぽさを、感じない。
子どものはずなのに、妙に、おとなびている。
が、親は、そういう自分の子どもを見ながら、むしろ
できのよい子どもと思ってしまう。
反対に、そうでない子どもを、できの悪い子どもとして、
遠ざけてしまう。

親の過関心、過干渉、それに溺愛が混ぜんいったいとなって、
その子どもの世界を包む。
明けても暮れても、頭の中にあるのは、子どものことばかり。

「ゲームのような低劣なものは、家には置きません」
「うちの子は、受験勉強とは無縁の世界で育てます」
「歌は、プロの先生に指導していただいています」
「毎週、1冊は、本を読ませています」などなど。

「ある程度は、俗世間に融和させないと、お子さん
自身が、つらい思いをするのでは?」と、教師がアドバイスしても、
聞く耳、そのものをもっていない。

自ら厚いカプセルの中に入ってしまっている。
その狭い世界の中だけで、独自の教育観(?)を、
熟成させてしまっている。

「英語の先生は、ネイティブでないと困ります」
「理科教育は、何でも実験を先にしてから、教えてほしい」
「備え付けの楽器は、不潔だから、使わせないでほしい」などなど。

学校の教育についても、あれこれと注文をつけていく。

しかしこういう親が一人いるだけで、その教室の教育は
マヒしてしまう(A先生)。

では、どうするか?、・・・という問題よりも、そういう
親は、一度、先に書いた、イプセンの『人形の家』を
読んでみたらよい。

が、その程度ではすまない。
幼児期から、思春期前後まで、「いい子」で通した子どもほど、
あとがこわい。

何度も書いているが、子どもというのは、その発達段階ごとに、
昆虫がカラを脱ぐようにして、成長していく。
第一次反抗期には、第一次反抗期の子どものように、
中間反抗期には、中間反抗期の子どものように・・・。

非行が好ましいというわけではないが、非行を経験した
子どもほど、あとあと常識豊かな子どもになるということは、
この世界では常識。

(そもそも「非行」とは何か? その定義もあやしい?)

たとえば思春期前後から、はげしい家庭内暴力を繰りかえす
ようになる子どもがいる。

このタイプの子どもほど、それまで、「いい子?」だった
というケースがほとんどである。
だから子どもが家庭内暴力を繰りかえすようになると、
ほとんどの親は、泣きながら、こう叫ぶ。

「どうして?」「子どものころは、あんないい子だったのに!」と。

しかしそれは親の目から見て、「いい子?」だったにすぎない。

(以上、A先生の許可をいただき、A先生の話の内容を、
まとめさせていただきました。08年6月23日。)

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【引きこもりvs家庭内暴力】

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将来的に、引きこもったり、家庭内暴力を
起こす子どもというのは、その前の段階で、
独特の雰囲気を、もつようになる。

それについては、何度も書いてきたので、
ここでは省略する。

問題は、そういう雰囲気を感知したとき、
それをどこまで親に告げるべきか。
教師は、その問題で、悩む。

この段階では、たいていの親たちは、
「自分の子どもはできがいい」とか、
「うちの子にかぎって」とか思っている。
大半は、「私の育児のし方こそ、ぜったい」と
思っている。

思っているというよりも、信じている。
そういう親に向かって、「お宅のお子さんには
問題があります」などとは、言えない。
言ったとたん、親はパニック状態になる。
ついで、教師と親の人間関係は、終わる。

そんなわけで、たいていの教師は、「もしまちがっていたら・・・」
という迷いもあり、かたく口を閉ざす。

つまりここに書いた、人形子も、そうである。
人形子とわかっていても、それを口にするのは、
タブー中のタブー。

が、このタイプの子どもほど、思春期を迎えるころ、
はげしく豹変する。
年齢的は、12〜14歳前後か。

ふつうの豹変ではない。
ある日を境に、突然、狂ったように暴れだしたりする。
「オレをこんなオレにしたのは、テメエだア!」と。

中には、豹変しないで、人形子のまま
おとなになる子どももいる。
イプセンの『人形の家』の中の主人公が、
その一例かもしれない。

そういう意味では、この時期にはげしく親に
抵抗する子どものほうが、まだマシという
ことになる。
心の内にたまったエネルギーは、できるだけ
早い時期に吐き出したほうがよい。

が、反対に引きこもるタイプの子どももいる。
よく誤解されるが、引きこもるから暴力をふるわない
ということではない。

ちょっとしたことで錯乱状態になって、暴れたりする。

そこであなたの子どもは、どうか?

あなたの前で、子どもらしく、自由に、伸び伸び
しているだろうか。
言いたいことを言い、したいことをしているだろうか。

もしそうなら、それでよし。
が、反対に、「うちの子は、できがいい」と思っているなら、
ここに書いたことを、もう一度、読みなおしてみてほしい。

子育てというのは、自分で失敗してみて(失礼!)、
はじめて失敗と気づく。
これは子育てそのものがもつ、宿命のようなものかも
しれない。

賢い親は、それに事前に気づき、そうでない親は、
失敗(失礼!)してから、それに気づく。
(「失敗」という言葉を使うのは、好きではないが・・・。)

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●「人形の子」論

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●あるお母さんからのメール

++++++++++++++++++

親から受けた子育てが原因で、
長い間、大きな心のキズに苦しんでいた
お母さんから、こんなメールが
届いています。

読者のみなさんの力になればと、
公開してくださいとのこと。
喜んで、そうさせていただきます。

お名前を、Vさん(母親)としておきます。

Vさんは、子どものころ、親からきびしい
教育としつけを受け、それが原因で、
心に大きなキズを受けてしまいました。

Vさんは、「私がしたような経験を、ほかの
子どもたちにはしてほしくない」と言っています。

本当に、そうだと思います。

最近の研究によれば、うつ病の(種)のほとんどは、
その人の乳幼児期にあるということまで、
わかってきました。

乳児期から幼児期にかけては、
(1)心豊かで、穏やかな家庭環境、
(2)愛情豊かで、静かな親子関係、
この2つが、とくに重要かと思います。

Vさんからのメールをお読みください。

++++++++++++++++++

【Vさんより、はやし浩司へ】

はやし先生、こんばんは!

今日はレッスン前に、少しだけしたが、私がかかえる障害のお話を聞いてくださって、
ありがとうございました。

私は 先生のEマガによる「自己開示」でいえば4〜5レベルに入るほど、
まわりの人たちに、いろいろなことを話しています。

隠していなくてはならないことなど、そんなにはないし、
自分を知ってもらうことは 息子であるY男にとっても
良いことのように思ったりするからです。

先生が、私の経験を多くの人たちにお話してくださるのももちろん、歓迎です
良い例として、あるいは悪い例として、
私の経験してきたことが今、どんな風に私の人生で活かされているのか、
また、少女時代の私と同じ思いを、今まさにしている子供たちが今いるとしたら、
保護者の方に気づいていただきたいからです。

両親の教育が厳しく 過干渉で 私にとっては、長くて、辛い少女時代でした。
特に厳しかったのは母でした。しかし母だけを責めているのではありません。
母は 明治生まれの姑の前で、私たち姉妹を懸命に育て、
社会に出ても恥ずかしくない子に育てをしなくては……という使命のもとでの
思いだったわけです。

当時は今のように、相談できる機関や話を打ち明けられる相手もなく、
母も苦しんだと思います 父も相談相手にはならなかったようです。

というのも 父は自分の父親を第二次世界大戦で亡くし、
顔を見た事もないまま育ったそうです。
私は今でも、ラバウル上空を通過するときは 胸が苦しくなります。

そして実の母は 姑に父を残して 再婚して出て行ってしまったそうです。
どれほどの想像を絶する悲しみを乗り越えたでしょう。

父は曾祖母に対して異常なまでの執着心を持ち妻より子供より、曾祖母
という感じでした。

そんな生活の中で 母は私たちを厳しく育てることと、しつけることで、
自分なりのアピールをしていたのかもしれません。

また 別の観点からすると 母は私たちの子育てを、はけ口としていたかも
しれません。そのことも否定できないと思っています。

では、姉にはなぜ私のような障害が起きなかったか。

私の姉は3歳年上のキャリアウーマンですが、
何をするにも要領がよく、賢く、そして心優しく 暖かい人間で、
身内の私が言うのも恐縮ですが 尊敬しています。

母やきびしい習い事の先生がおっしゃる非道徳的な言葉ですら、
「あの人、なにいってるんだろ。私のどこまでしってるっていうの?」と
冷静な受け止め方が子供の頃からできたようです。

私はといえば、まったく正反対。

母の期待にこたえよう。今、Dropoutしてしまえば お母さんが悲しむかとか、
そんなことばかり考えていました。

生真面目で いつも良い子でいなくてはならない。いつも良い点を取らなくてはならない。
お母さんが悲しむから。クラス代表に選ばれなくてはならない。母が望むから、と。

小学校3年生のとき、サンタさんに手紙を出しました。
サンタさんの存在を信じていたころ書いた、最後の手紙だったと思います。

内容は、「お願いです プレゼントはいりません ただ習い事を全部やめさせてください」
というものでした。

サンタさんが願いをかなえてくれなかったのは、これが初めてでした。

心療内科の先生はおっしゃいました。

「あなたのお父様もお母様も 強迫性障害 の可能性がある」と。

思い当たる節はいくつもありました これは遺伝する可能性のある
障害だそうです。

今年前半は、T市にある児童心療内科まで、Y男をつれて、月に一度通っていました。
Y男のためというよりは 私が息子と、どう向きあえばよいのか、
どう育てていけばよいのか、全くわからなくなり、心は八方塞になったからです。

今思えば あの半年間の通院は 心療内科の先生に会って私がカウンセリングを受ける
私のいわば治療であったように思います。

時がたつにつれて、私は私の方法で Y男と向き合っていけばいいと思うように
なりました。

なぜなら、私はY男の母親なのだから……。

こんなシンプルな答えにたどり着くのに 随分と遠回りをしたし、
これからもしてしまうことがあるのかもしれませんが、今は 安定した気持ちで、
Y男に接しています。

父はY男がおなかにいるときに脳内出血で倒れ、現在は、右半身不随の生活をしています。
それがわかった当時は、みんな私のBabyではなく、
父の病気のことにばかり関心をもって、情緒不安定になり、
母や夫に当たったこともありました。

しかし母は立派に父のパートナーとして、父の治療に徹底的につき合っています。

ひところは東京のホテルに3か月ほど暮らして、有名な先生の治療を受けていました。
けれど回復には限度があり 今は良くも悪くもならないように、
リハビリとして、朗読や華道、陶芸など様々なことにチャレンジしています。

また 現在では障害者対応の施設も多く 年に3回ほど旅行に出かけています
障害者仲間の皆様との出会いも 両親を大きく支えてくださっていると思います

で、父もあきらかな強迫性障害者です。

強迫行為といって 鍵を閉めたか、ガスの元栓は締めたか、
冷蔵庫はちゃんとしまっているか、
出かける前もふだんの生活の中でも、あまりにもしつこいこれらの行為に
私たちは障害のことは何も知らずに、へきえきしていました。

私には強迫行為はありません。
主な症状は 不安がとめどなく押し寄せて眠れないとか、そんなことです。

朝起きてまず初めに思い浮かぶことは、
今日の予定の嫌な部分です。不安が押し寄せると、過喚起を起こしてしまう。
これではちゃんとY男を育てることができないと感じたこともあります。

03年の4月 Y男が入園した直後、お願いするのならばこの先生と決めていた
先生のところへ夢中で向かっていました。

ふら〜と先生の前にお伺いして、
私は「うつ病」だといわれるのを恐れていました。
 
そのために今まで躊躇して、治療を受ける勇気が無かったのです。
いま、抗うつ剤も飲んではいますが、今のお薬はとても私にあっていると感じ、
快適に過ごしています。もちろん体調の良悪によって効き目が違ったり、
沈んでしまうこともありますが……。

そこから抜け出すには散歩をしたり 本をむさぼり読んだり、
ひたすら英語で独り言を言ったり、大好きな音楽を聴いたり、
一心不乱にピアノを弾いたりしています。

自分の力で抜け出す術を身につけることができるようになってきました。
化学物質を使っての治療に、初めはとても抵抗がありましたが、
お薬で生活をよりよいものにすることができるのならば、
甘えて使ってもいいんだというふうに、解釈するようになりました。

ドクター曰く、「おばあちゃまが飲むような弱い薬よ。副作用もないゎ」と。
あれから約3年 いま、最高の組み合わせのお薬にめぐり合えました。

とにかく私は 私が過去に味わった苦しみも含めて、そして今があることに
心から感謝しているし、あの苦しみがなければ、
Y男に同じ思いをさせていたかもしれないと思うと、ぞっとします。

そのことに比べれば、今の状態など、なんということはありません。
どんな経験からも苦しみからも、そして喜びからも学ぶことは際限なく多く、
そしてすべての出会いと、想いと、天国の大切な存在たちに守られて、
私たちは あたたかな蜜月を(?)すごしています。

Y男の人生はY男が決めればいい。
どうしても辛くて何かをやめたくなったとき、
逃げるのでなく決断なのであれば私は応援します。
そしてまた 新しい道を探していけば きっときっと、
something wonderful+special for him に
出逢えると信じています。

来週のレッスンの頃はグアムで思い切りガムをかんでいる(?)と思うので、
おそらく2x日のレッスンを受けさせていただくと思います。
3時まで別の習い事があるので終わってから行くと、Y男が決めました。

x曜日は私の仕事納めの日で、見学には行かれないので、
これはとても良い機会ですし、母に付き添いで行ってもらうつもりでいます。

母は今は、仏様のような(?)穏やかな人間になり、
私の仕事のx曜日とy曜日には、両親そろって、Y男との夕食、
お風呂、カードゲームなど、とても楽しみにしてくれています。

こんな私ができた 一番の親孝行が、Y男なのかもしれません。

はやし先生にこんなにいろいろとお話できるのは、
Y男も私も、先生が好きだからです。

聞いていただきたいと思ったので、一方的に長いメールを送ってしまいましたが、
不要であればどうぞ聞き流してください。

でももし機会があれば、固有名詞を伏せて、こんな体験でこんな子供が育ち、
こんな母親になったと、はやし先生のお力で、
少女時代の私のような毎日が苦悩と苦痛で満ちていた生徒さんを、お母様を
開放して差し上げられるきっかけになったら、どんなに良いことだろうと思っております。

母は、いっそ本でも書いたら?、のんきなことを言っておりますが、
今の私にそんな時間がいったいどこにあるでしょうか。

さて夜もふけてまいりました
来週3年ぶりの国際線に乗るのに、全く準備ができておりません。
残ったworkも山済みで、何とか乗り切らなくては!
でも忙しいのが性分にあっているのでしょうか。

12月の私は毎日が楽しくて忙しくて、友達と会って力をもらったり、
このうえなく充実しています。

話の続きや枝葉はまだまだありますが、今宵はここまでとさせていただきます。
長文にお付き合いくださいましてありがとうございました。

oh! 日付が変わって、今日はY男の誕生日です
6歳だなんて! あんなに小さな赤ちゃんだったY男が、(Born on xxxx、.2000)、
今こうして育っていることを、誰よりもY男の父に感謝しています。
 
彼は本当に素晴らしい父親です。
運命が私たちを離してしまったけれど、空き箱に迷路を作ってビー玉で転がして遊んだり、
お父さんの小さい頃はこんなことをして遊んだよと話をしたり、
当たり前のことかもしれませんが、でもこんなことになってしまって今もなお、
Y男に愛情を注いでくれていることに、心から感謝しています。

それでは2x日は Y男の祖母、あのスパルタだった(笑い)私の母が、
お伺いするかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします。

結果として両親にはもちろん感謝しています。産んでくれたこと。育ててくれたこと。
Y男のシッターをしてくれていること。それをenjoyしてくれていること。

ps

障害のことで何かお役に立つことがあればどんなことでもお話しますので、
どうぞお声をかけてくださいませ。 

ホルモンバランスやセロトニンの分泌調整知らなかったことを多く学ぶ機会でありました。
必要な方には、詳しくお話しさせていただければ、うれしいです。

++++++++++++++

【はやし浩司より、Vさんへ】

メール、ありがとうございました。
現在、私の周囲でも、同じような問題をかかえ、悩んだり、苦しんだりしている人が、何人かい
ます。

またそういう人たちの力になってあげてください。

よろしくお願いします。

                       はやし浩司
++++++++++++++

【Vさんより、はやし浩司へ、追伸】

改めて自分の書いたメールを、先生がまとめてくださったものを読んでみると、
これを読んで ひとりでもいい、気持ちが楽になってくれる
お母様、お父様、生徒さんがいらしたら、どんなに良いことだろうと思います。

ただ、話の続きや枝葉はまだまだあると書いたように、
もっともっと様々なことが、私には起きました。
今回の公開に載せていただくことはなくても、
またの機会にでも広く知っていただければと思います。

大きくは二つの話題です

ひとつめ。

先生は 親への反抗で処理したという趣旨のことをおっしゃいましたね。
実は、私もそうでした。

反抗期、ひどかったと思います とくに習い事が辛くて辛くて、
ピークの小学校高学年の頃から中学2年生くらいまで、そうでした。

何を言っても、「ああいえばこういう」式で、
ねじ伏せられてしまうことがわかっていた私は、
母に直接、反抗するということが、あまりできませんでした。
 
仏頂面のままダイニングで家族と食事をしたり、無言のまま誰の顔をも見ず、
さっさと食事を済ませて、勉強部屋に逃げこんだりしました。

その仏頂面の私の唇を見て、母はこう言うのです
「右下の唇が少し上に上がってゆがんでいる。
不満のあるときはいつもそんな顔をする」と。

そして 相手が他人であれば 失礼なほどに 私の顔を、目ジーッと見る。
そんなことをされれば、だれだって、気分を悪くします。で、気分を悪くした私が、
「もういやだ。くそばばぁ」と言って、
勉強部屋へ逃げ隠れしたことがありました。

このときばかりは母も相当なショックだったのでしょう。
その日以降は、話題といえばそのことばかり。
何時間もかけてそれがどんなにいけないことか、
私に説教しようとするのです。しかし私はそれを知っていたからこそ、
そんな言葉を言ってしまったのです。

母が悲しむといけないから、お稽古を頑張らなくてはならない自分がいる半面、
母が悲しむことをして束縛されていることにたいして、ささやかな抵抗をしたかった。

もうこの世から消えてしまいたいとさえ思ったことも、何度もありました
「今度の期末試験の頃は私はもういないんだから、心配することないんだ」と、
そんなばかげたことも考えたこともあります。

母が悲しむだろうから、わざと悪い成績を取ってやろうと考え、
解答用紙にあえて正しくない答えを書いたり 空欄にしたりしたこともあります。
で、それを見て、母はがっかりし、こう言ったこともあります。
「私があなたの学年の頃は、クラスで何番にはいつも入っていた。
なぜあなたはできないの? できるはずでしょう? 
あなたはやればできるのだから言っているのよ」と。

「できるって誰が決めた? 誰が知ってるの? 私、どこまで頑張ればいいの?
今、交通事故で死んじゃったりしたら やりたいこと何にもできずに人生終わっちゃって
悔しいよ」と。
そんな会話が何度も繰り返されたと思います。

母への反抗心は、ある日、ふと薄いものへと変化してゆきました。
希望の高校に入学を果たし、あわただしく身支度をしていた春の朝のことです。
私のためにお弁当を作ってくれている、私よりも背の低い小さな母の背中が、
それを気づかせてくれました。

母も、私を育てるのは初めての経験だということ。
涙が溢れました。でも見つかるのも恥ずかしくて、
「コンタクトが合わなくて…」などとごまかしましたが、
「ひどいことしてごめんね、おかあさん」と、そう、あの時言いたかったのだと思います。
高校を卒業し、進学で実家を離れてからは、なおさら私と母の間の心の距離は縮まり、
一人暮らしが、私を成長させてくれたとも言えると思います。

「あなたは私の芸能マネージャーではないのだから、ぴったりとついてこないで。
誰と連絡を取っているのか、どんな友達とどんな話をしているのか、
50メートル先の自販機までジュースを買いに行くのに、
こっそりついてくるようなことをしないで。
まるで本当にジュースを買いに行くかどうか、確かめにきているみたいではないか」と、
そんな内容の、私にとっては、革命的手紙を渡したのは、
私が高校1年の夏ごろのことだったと思います。

そういうことがあって、母の過干渉も少しずつ薄れていったように思います。

さて もうひとつの話題

これは 今の世の中にも深く関わる重大な問題です。
母から束縛や過度の期待を受けてstressfulになった私がとった行動は、
恥ずかしくも クラスメイトへのいじめでした。

いじめの根源がこんなところにも潜んでいるのです。
もちろん私の心が弱かったので、そんな方向へ向かってしまったのは確かです。
しかし あれほどにまでのストレッサーがなければ、
子供の頃から転校生には進んで声をかけていた私が
あんなことはしなかったと言えると思います。

私自身もがき苦しんでいたけれど 人を苦しめることで憂さ晴らしをしようとは、
なんと愚かなことでしょう。

だから お父様、お母様、お子様がそんな風になってしまうほど
過度の干渉や期待、子供なりのプライベートへの介入をしないでほしい。

どこかで全く関係の無い誰かが、傷ついてしまう引き金になってしまう可能性があるから。
いまでも私は心を傷つけてしまったお友達のことを時折思い出し、
「ごめんね。今はどうか暖かくしあわせな毎日を送っていてほしいよ」
と思うことがあります。

ある女の子は ひどく私がいじめをしたのにもかかわらず、
私がいじめのターゲットになったときには、
惜しげもなく私に救いの手を差し伸べてくれました。

彼女は今、専門分野で世界的に活躍する立派な女性兼母になったと、
風の便りで聞きました。

彼女の成功を心からお祝いし、これからの活躍をも心からお祈りしています。

上記のいじめに関する文章は、同じ出来事を、違う言葉でしたが、あるテレビ番組の
「いじめについて考える」番組に、投稿したことがあります。

うまくまとめられたかわかりませんが以上になります。
もっと続きも枝葉もありますが、今日のところは、ここまでとします

先生、ありがとう。
私の話に耳を傾けてくださってありがとう。
私の気持ちを汲んで 皆さんにこんなできごとがあるということを、
知らせてくださって、ありがとう。

私は先生の尊敬に当たる人間ではとてもありませんよ。巨大リップサービスです
でも、生き方を認めていただけたことは、心から嬉しく思います。
ありがとうございました。

上記の文章の掲載についても、先生にお任せします

でもね先生、私、仲の良いお母様方には全く同じ話をしています。
「私、頭が弱いからね〜 薬の時間なのょ」なんて、
どこか冗談めかしながら。いえ、本当に大笑いしながら、どんどん話題にしています。

ですので、これを読んで あのVさんのことじゃないかな?、と思う
お母様は、少なくともK幼稚園のお母様ならなおさら、
5本の指でおさまるかどうかという気持ちです。アハハ。

でも今の私には、「そうなの、わたしのこと! スパルタ教育の話、
はやし先生にしちゃったぁ」と笑って答えることができます。

だから 気にしません。
誰かの心や命が、助かるのかもしれないのであれば、
どうぞはやし先生のお力で、きっかけ作りをして差し上げてほしいと思います。

ああ、2学期も明日でおしまい。明日じゃない、もう今日になってしまった!
まだまだ幼稚園児でいてほしいなぁ。
これからまた、どんな出会いがあるだろう。
小学生になったY男は どんな困難や挫折を味わうだろう。

けれど私は Y男へのバースデーカードにこう書き添えました。

「その手でゆめをつかみなさい。
 そのあしで ゆきたいところへどこにでもいきなさい。
 そうしておとうさんのような りっぱなひとになるのよ」と。

どこか照れくさいメッセージですが、本心です

Y男の父からも、日付指定で、カードが郵便物として届きました。
誕生日の数字を Y男の好きな迷路にイラストしてあり、
おわりのところには、「おかあさんをたいせつにしなさい」とありました。

久しぶりに声を上げて泣きながら、音楽のボリュームを大にして、
車を運転しながら仕事に向かいました。
彼という人間の子供を産んだ私は、とても幸せです。

長文を読んでくださってありがとうございました。
先にも書きましたとおり掲載については先生にお任せします。

今度は 祖母から聴いた私の心にいつもある「幸せのおどんぶり、かなしみのおどんぶり」
のお話を聞いていただきたいと思っています。

長文乱文にお付き合いくださいましてありがとうございました。

Vより。

+++++++++++++++

【はやし浩司より、Vさんへ】

●代償的過保護

 親の過干渉、過関心、プラス過剰期待が、子どもをいかに苦しめるものであるか。親は、「子
どものため」と思ってそうしますが、子どもにとっては、そうではないのですね。その苦しみは、
苦しんだものでないと、わからないものかもしれません。

 発達心理学の世界にも、「代償的過保護」という言葉があります。一見、過保護なのだが、ふ
つう過保護には、それがよいものかどうかは別として、その基盤に親の愛情があります。その
愛情が転じて、過保護となるわけです。が、中には、愛情のともなっていない過保護がありま
す。それが「代償的過保護」ということになります。言うなれば、過保護もどきの過保護を、「代
償的過保護」といいます。

 たとえば子どもを自分の支配下において、自分の思いどおりにしたいと思うのが、代償的過
保護です。そして親自身が感ずる、不安や心配を、そのまま子どもにぶつけてしまう。

 「こんな成績で、どうするの!」「こんなことでは、A学校には、入れないでしょ!」「もっと、勉
強しなさい!」と。

 その原因はといえば、親の情緒的未熟性、精神的欠陥があげられます。親自身が、心にキ
ズをもっているケースもありますし、それ以上に多いのが、親自身が、自分の結婚生活に対し
て、何か、大きなわだかまりや不満をもっているケースです。

 わかりやすく言えば、満たされない夫婦生活に対する不満を、子どもにぶつけてしまう。自分
の果たせなかった夢や希望を、子どもに求めてしまう。明けても暮れても、考えるのは、子ども
のことばかり、と。

 しかし本当に子どもの立場になって、子どもの心を理解しているかといえば、そういうことはな
い。結局は、自分のエゴを、子どもに押しつけているだけ。よい例が、子どもの受験競争に狂
奔している母親です。(父親にも多いですが……。)

 このタイプの親は、子どもには、「あなたはやればできるはず」「こんなはずはない」「がんばり
なさい」と言いつつ、自分では、ほとんど、努力しない。いつだったか、私が、そんなタイプの母
親に、「では、お母さん、あなたが東大に入って見せればいいじゃないですか」と言ったことがあ
ります。すると、その母親は、はにかみながら、こう言いました。「私は、もう終わりましたから…
…」と。

そして、すべてのエネルギーを、子どもに向けてしまう。それが親として、あるべき姿、もっと言
えば、親の深い愛情の証(あかし)であると誤解しているからです。

●親の過剰期待

 が、何が子どもを苦しめるかといって、親の過剰期待ほど、子どもを苦しめるものはありませ
ん。子どもは、その重圧感の中で、もがき、苦しみます。それを表現したのが、イプセンの『人
形の家』ですね。それについては、もう何度も書いてきましたので、ここでは省略します。子ども
は子どもで、まさに「人形」のような子、つまり「人形子」になってしまいます。

 「いい子」を演ずることで、自分の立場をとりつくろうとします。しかし人形は人形。どこにも、
「私」がない。だから、このタイプの子どもは、いつか、その成長段階で、自分を取りもどそうと
します。「私って、何だ!」「私は、どこにいる!」「私は、どうすればいいんだ!」と。

 それはまさに、壮絶な戦いですね。親の目からすれば、子どもが突然、変化したように見える
かもしれません。そのままはげしい家庭内暴力につながることも、少なくありません。

 (反対に、親にやりこめられてしまい、生涯にわたって、ナヨナヨとした人生観をもってしまう子
どももいます。異常なまでの依存性、異常なまでのマザコン性が、このタイプの子どもの特徴
のひとつです。中には、40歳を過ぎても、さらに50歳を過ぎても、母親の前では、ひざに抱か
れたペットのようにおとなしい男性もいます。)
 
 ……だからといって、Vさんがそうだったとか、Vさんのお母さんが、そうだったと言っているの
ではありません。ここに書いたのは、あくまでも、一般論です。

 ただ注意したいことは、2つあります。

●批判だけで終わらせてはいけない
 
ひとつは、Vさんは、自分の母親を見ながら、反面教師としてきたかもしれませんが、自分自身
も、自分の子ども、つまりY男君に対して、同じような母親になる可能性が、たいへん高いという
ことです。「私は、私の母親のような母親にはならない」と、いくらがんばっても、(あるいはがん
ばればがんばるほど)、その可能性は、たいへん高いということです。

 子育てというのは、そういう点でも、親から子へと、伝播しやすいと考えてください。今はわか
らないかもしれませんが、あとで気がついてみると、それがわかります。「私も、同じことをして
いた」と、です。どうか、ご注意ください。

●基本的信頼関係

 もうひとつは、情緒的未熟性、精神的な欠陥の問題です。(Vさんが、そうであると言っている
のではありません。誤解のないように!)

 最近の研究によれば、おとなになってからうつ病になる人のばあい、そのほとんどは、原因
は、乳幼児期の育てられ方にあるということがわかってきました。とくに注目されているのが、
乳幼児期のおける母子関係です。

 この時期に、(絶対的な安心感)を基盤とした、(基本的信頼関係)の構築に失敗した子ども
は、不安を基底とした生き方をするようになってしまうことが知られています。「基底不安」という
のがそれです。おとなになってからも、ある種の不安感が、いつもついてまわります。それがう
つ病の引き金を引くというわけです。

また、ここでいう(絶対的な安心感)というのは、(絶対的なさらけ出し)と、(絶対的な受け入れ)
を言います。

 「絶対的」というのは、「疑いすらもたない」という意味です。

 つまり子どもの側からみて、「どんなことをしても、許される」という、絶対的な安心感のことを
いいます。これが(心)の基本になるということです。心理学の世界でも、こうして母子の間でで
きる信頼関係を、「基本的信頼関係」と呼んでいます。

(あくまでも、「母子」です。この点においては、父親と母親は、平等ではありません。子どもの
心に決定的な影響を与えるのは、あくまでも母親です。あのフロイトも、そう言っています。)

 そのためには、子どもは、(望まれて生まれた子ども=wanted child)でなければなりませ
ん。(望まれて生まれた子ども)というのは、夫婦どうしの豊かな愛情の中で、愛情に包まれて
生まれてきた子どもという意味です。

 が、そうでないケースも、多いです。たとえば(できちゃった婚)というのがありますね。「子ども
ができてしまったから、しかたないので結婚しよう」というのが、それです。夫婦の愛情は、二の
次。だから生まれてきた子どもへの愛情は、どうしても希薄になります。

それだけですめばまだよいのですが、そのため親は親で、(とくに母親は)、子育てをしながら、
そこに犠牲心を覚えるようになる。あるいは、そのまま自分の子どもを、溺愛するようになる。

●絶対的な母子関係

 「産んでやった」「育ててやった」「大学まで出してやった」を、口ぐせにする親は、たいていこ
のタイプの親と考えてよいです。もともと夫婦の愛情が基盤にあって生まれた子どもではない
からです。

 一方、子どもは子どもで、そういう母親でも、親であると、自分の脳みその中に、本能に近い
部分にまで刷りこみます。やはり最近の研究によれば、人間にも、鳥類(殻から出てすぐ二足
歩行する鳥類)のような、(刷りこみ=imprinting)があることがわかってきました。これを「敏
感期」と呼んでいます。

 つまり子どもは子どもで、そういう環境で育てられながらも、「産んでいただきました」「育てて
いただきました」「大学まで出していただきました」と言い出すようになります。

 つまり、親の子どもへの依存性が、そのまま、今度は、子どもの親への依存性へと変化する
わけです。

 これがここでいう「伝播」ということになります。わかりますか?

 そしてそれは、先にも書きましたように、今度は、あなたという(親)から、あなたの(子ども)へ
と伝播する可能性があるということです。そういう意味では、『子育ては本能ではなく、学習』と
いうことになります。あなたの子どもはあなたという母親を見ながら、今度は、それを自分の子
育て観としてしまう!

 では、どうするか?

●「私」をつくる3つの方法

 自分の親を反面教師とするならするで、批判ばかりでは終わってはいけないということです。
また今は、「仏様」(Vさん)のようであるからといって、過去の母親を、許してはいけないという
ことです。

 あなたはあなたで、親というより、人間として、別の人格を、自分でつくりあげなければなりま
せん。それをしないと、結局は、あなたは、自分の親のしてきたことを、そっくりそのまま、今度
は、自分の子どもに繰りかえしてしまうということになりかねません。
 
そのために、方法はいくつかありますが、ひとつは、すでにVさん自身がなさっているように、
(1)過去を冷静にみながら、(2)自己開示をしていくということです。わかりやすく言えば、自分
を、どんどんとさらけ出していくということです。そしてその上で、(3)「私はこういう人間だ」とい
う(私)をつくりあげていくということです。

 いろいろ事情はあったのでしょうが、またほとんどの若い母親はそうであると言っても過言で
はありませんが、あなたの母親は、そういう点では、情緒的には、たいへん未熟なまま、あなた
という子どもを産んでしまったということになります。(だからといって、あなたの母親を責めてい
るのではありません。誤解のないように!)

 子どもから見れば、どんな母親でも、絶対的に見えるかもしれません。が、それは幻想でしか
ないということです。ここに書いた、(刷りこみ)によってできた幻想でしかないということです。

 それもそのはず。子どもは、母親の胎内で育ち、生まれてからも、母親の乳を受けて、大きく
なります。子どもにとっては、母親は(命)そのものということになります。しかし幻想は幻想。心
理学の世界では、そうした幻想から生まれる、もろもろの束縛感を、「幻惑」と呼んでいます。

 で、私もあるとき、ふと、気がつきました。自分の母親に対してです。「何だ、ただの女ではな
いか」とです。私も、「産んでやった」「育ててやった」という言葉を、それこそ、耳にタコができる
ほど、聞かされて育ちました。だからある日、こう叫びました。私が高校2年生のときのことだっ
たと思います。

 「いつ、オレが、お前に産んでくれと頼んだア!」と。

 それが私の反抗の第一歩でした。で、今の私は、今の私になった。もしあのとき反抗していな
ければ、ズルズルと、マザコンタイプの子どものままに終わっただろうと思います。(もっとも、
それで家族自我群がもつ重圧感から、解放されたというわけではありませんが……。)

●Vさんへ、

 ……とまあ、Vさんに関係のないことばかりを書いてしまいました。Vさんからのメールを読ん
でいるうちに、あれこれ思いついたので、そのまま文にした感じです。ですから、どうか、仮にお
気にさわるような部分があったとしても、お許しください。

 子育てを考えるということは、そのまま自分を考えることになりますね。自分を知ることもあり
ます。私も多くの子どもたちに接しながら、毎日、それこそいつも、「私って何だろう」「人間って
何だろう」と、そんなことばかりを考えています。

 以上、何かの参考になれば、うれしいです。また原稿ができまたら、送ってください。いっしょ
に、(自己開示)を楽しみましょう! どうせたった一度しかない人生ですから、ね。何も、それ
に誰にも、遠慮することなんか、ない。

 だって、そうでしょ。私も、Vさんも、「私」である前に、1人の人間なのですから……。
(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 家族
自我群 幻惑 過干渉 過関心 代償的過保護 自己開示 はやし浩司 親の過干渉 過干
渉児 はやし浩司 人形のような子ども 人形のような子供 人形子)









 Q&A INDEX   はやし浩司のHPへ 
【6】
●子どもの虚言vsルール破り

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掲示板に、つぎのような書き込みがあった。

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【Mさんより、はやし浩司へ】

はじめまして。うちの小6男子のことでご相談があります。
うちの子供は約束事が守れません。そして、約束を守れなかったことをウソをついたりしてかく
すというよりは、うその上塗りをしていきます。

内容はさまざまで、「学校の宿題を私が帰宅するまでやっておく」なんてことは、一度も
達成したことがありません。
学校に忘れ物をしてきたときも、「ランドセルのふたがあいていてなくなった」などと、平気でわ
かるウソをいいます。

「ヨーカドーでお金を拾って? カードを買った1パック」本当は2パックだった。(拾ったお金は
後日返しにいきましたが、何が本当だかわかりません。)
そんなことを毎日。

以前は私の財布からお金を盗んだこともありました。もちろん指摘して、主人も私もおこりまし
た。そんなことが3度くらい。
一人でリビングにいさせることも、なんだかおそろしくなっています。

お金を盗むことはなくなったように思うのですが、約束を守らない→ウソ→ウソの上塗りの構図
は毎日で、私はもう子供を捨てたいとまで思っております。
主人は根気良く教えるしかないとも言いますが、私は限界です。

気休めの言葉はもう聞き飽きました。教育センターの相談員の方にも相談をしたり、私自身も
心療内科に通って精神安定剤を飲んでおりますが、怒ることも止まらず、なんとか医学的にま
たは、科学的に根本治療する方法はないのかなと思って探していたところ、このHPに出会いま
した。

家族構成は父、母、本人(小6)妹(小4)です。
3歳のころには(今思えば)赤ちゃん返りでお漏らし、その後、夜尿症になり、ネットの掲示板で
あるお医者様に相談にのってもらい、1年間かかって、夜尿症を治療した経験があります。妹
はちゃんとできます。

親子で楽しく?「約束を守らない→ウソをつく→ウソの上塗り」の構図を無くすことができたらよ
いのですが、なにか良い飲み薬?、等ありますか?

夜尿症を治すときに「トフラニール」とうつ病の薬も飲ませました。もちろん膀胱の容量を増や
すために毎日オシッコを量ったして、なんとか治すことができました。

そんなことをしてまで、とお思いになるかもしれませんが、こちらは大真面目の治療そして今回
のご相談です。

もちろん先生のQ&Aも読ませていただきました。

明日にでも、いや今すぐにでも、楽しい生活が欲しい。その一心です。
息子がいなければ家族は穏やかに過ごせます。私のわがままでしょうか?
母親がなんとか怒らずにいれば。いいだけなのでしょうか?

ぜひ、具体的な方法があればぜひご教示いただきたいのです。
どうかよろしくお願いいたします。

【はやし浩司より、Mさんへ】

●(虚言癖)と(ルールを守らない)は、分けて考える

子どもの虚言癖と、ルールを守らないは、分けて考えます。

虚言癖については、たびたび書いてきました。
私のHPの「子育てあいうえお」に収録してありますので、どうかお読みください。

子どものウソのばあい、いわゆる空想的虚言(妄想的虚言)でなければ、それほど心配するこ
とはありません。
子どもは親にウソを言うことによって、親の優位性に打ち勝とうとします。
年齢的には、2歳前後から始まるとされています。
ウソ寝、ウソ泣きが、それです。

(ルールを守らない)は、率直に言えば、子育ての失敗(失礼!)とみます。
子どもに原因があるのではなく、また問題があるのではなく、今までの、(そして現在の)、あな
たや、あなたの家族の育児法に問題があるとみます。

一貫性のなさ、連続性のなさ、加えて、脅しと短気の入り混ざった育児法など。
これはMさんのことではありませんが、たとえば、親が交通ルールを平気で破っておきながら、
子どもに向かって、「ルールを守りなさい」は、ないですね。

私たちはひょっとしたら、子どもの目の前で、それに気がつかないまま、ルールを破っているの
かもしれません。
そういう意味では、子どもは、おそろしいですね。
親が隠しもっているシャドウ(=影の陰湿な部分)を、そのまま引き継いでしまいます。

で、掲示板の記事を読んで、何よりも気になるのは、子どもに問題があると、すかさず、それ
を、子どもに向かって「直そう」と考える、Mさん自身の育児姿勢です。

たとえば赤ちゃん返りということまでわかっていながら、夜尿症を、「1年がかりでなおした」「トフ
ラニールとうつ病の薬も飲ませました」「膀胱の容量を増やすために毎日オシッコを計った」と
いう部分です。

ふつうは、そこまではしない。
むしろ、おねしょくらい、自由にさせてやったら、よかったのです。
3歳の子どもなら、なおさらです。

3歳の子どもに、うつ病の薬をのませて、夜尿症をなおす親というのは、そうはいない(失
礼!、「気休めはもういい」ということですので……。)
毎日、尿の量を量るとは?!

私はこの投稿を見て、Mさんの子どもに対する、愛情を疑いました。

また今どき、親の言うことを聞いて、「ハイハイ」と、学校の宿題などする子どもはいませんよ。
小学6年生なら、なおさらです。

そういう子どもがいたら、むしろその従順さのほうが、心配になります。

むしろいまだに子離れができない、あるいはその準備をしていない、Mさん自身のほうに問題
があると思います。

いいですか、あなたが子どもに不信感をもつのは、それはあなたの勝手です。
しかし親にいつも疑われている子どもの気持ちが、あなたには、理解できますか?
私があなたの子どもなら、「この、バカヤロー」と叫んで、家を出て行くでしょう。
やることなすこと、すべて、疑われ、ケチをつけられるのですから、たまりません。

原因を順に考えていきましょう。

(1)母子関係の不全

あなた自身が、不幸にして不幸な家庭に生まれ育った可能性があります。
そのため(親像)が、育っていない?
あるいは不幸にして、不幸な結婚生活を始めてしまった?

どうであるにせよ、心配先行型の子育てがそれで始まってしまったわけです。
「うちの子は、何をしても心配」と。
それが転じて、過関心、過干渉に……。
それが今でも、つづいています。

「学校で忘れ物」をしたくらいのことで、子どもを問い詰める親も、少ないですよ。
子どもといっても、小学6年生ですから……。
ふつうは、軽く叱る程度で、それですませます。

で、今さら、「あなたの子どもをもっと信じなさい」と言っても、遅すぎますね。
ただこのまま進めば、親子断絶は時間の問題。
さらにこうした問題には、二番底、三番底があります。

悪循環が悪循環を呼び、Mさんの子どもは、非行→さらなる非行へと発展していく可能性もあ
ります。
今の状態を、けっして「最悪」と思わないこと。

それがいやなら、今からでも遅くはないから、「自分の子どもを、もっと進ずること」。

(2)あなたの描く子ども像が見えてこない

Mさんが、自分の子どもを、いったい、どのようにしたらよいのか、その子ども像が、書き込み
記事だけでは、よくわかりません。
わかりませんが、Mさんは、いったい、どういう子どもを望んでいるのですか?
あなたの子どもに、どういう子どもになってほしいのですか?

ウソをつかない子どもなんて、いません。
盗みをしない子どもなんて、いません。
拾ったお金を使わない子どもなんて、いません。

私も小学生のころは、拾ったお金は、すべて自分のために使っていました。
私の息子たちも、そうです。

そういうとき私は、見て見ぬフリ。
一応叱ったこともありますが、それですましました。

「ウソ、ウソ、ウソ……」ではなくて、「疑う、疑う、疑う」、あなたの育児姿勢のほうに問題があり
ます。

「私自身も心療内科に通って精神安定剤を飲んでおりますが、怒ることも止まらず……」とMさ
ん自身が書いておられるように、この問題は、子どもの問題ではなく、Mさん自身の問題です。

ここまで書いて、こんな話を思い出しました。

イランの笑い話に、こんなのがあります(イラン映画「桜桃の味」より)。

ある男が、病院へやってきて、ドクターにこう言いました。「ドクター、私は腹を指で押さえると、
腹が痛い。頭を指で押さえると、頭が痛い。足を指で押さえると、足が痛い。私は、いったい、
どこが悪いのでしょうか?」と。

するとそのドクターは、こう答えたそうです。「あなたは、どこも悪くない。ただ指の骨が折れてい
るだけですよ」と。

書き込みの記事を読むかぎり、Mさんの子どもは、ごくふつうの、どこにでもいるような子ども
のように思います。
ちがうでしょうか?

(3)子どもは家族の「代表」

「(ウソをなおすために)、なにか良い飲み薬?、等ありますか?」などという、バカなこと(失
礼!)は、考えてはいけません。

2、3年前にも、こんな相談がありました。

1人、手がつけられないようなドラ息子(小3)がいました。
わがままで、自分勝手。
少しでも気にいらないことがあると、泣き叫んで、机を蹴飛ばしたりしていました。

で、最後は、とうとう手に負えなくなり、(それまで1年近く、母親を指導したのですが……)、指
導を断ることにしました。
そのときのことです。

私が、「申し訳ありませんが、私の指導にも限界があります」と言うと、その母親は、すかさず、
こう言いました。

「どこの病院へ連れて行けばいいですか?」と。

自分の子育ての失敗を棚にあげて、また私のアドバイスなど、ことごとく無視しておいて、「どこ
の病院へ?」はないですね。

最近では、「子どもは家族の代表」と考えるのが、常識です。
つまり子どもに何か問題が起きたら、それは子ども自身の問題ではなく、子どもは家族を代表
しているにすぎないという考え方です。

またそういう視点をもたないと、子どもの問題は、いつまでたっても、解決しません。
解決しないばかりか、より悪い方向に向かって、そのまま進んでいっていまいます。
ここでいう「二番底」「三番底」というのは、そういう意味です。

(4)では、どうするか?

「ほどよい親」「暖かい無視」を柱に、その一方で、「求めてきたときが与えどき」と考えて、Mさ
ん自身が、子育てから遠ざかることです。

といっても、直接的な方法で、遠ざかることはむずかしいです。
そういうときは、こうします。

Mさんは、親でもなく、妻でもなく、また女でもなく、ひとりの人間として、自分でしたいことを追求
します。
仕事でも、ボランティア活動でも、さらにサークル活動でも、何でもよいでしょう。
あなたが自分で(すべきこと)を見つけて、それを追求します。
その結果として、子育てから離れます。

またそのほうが、あなたの子どもにとっても、よいでしょう。
(あなたは、実に、神経質で、うるさい親ですから……。)

あなた自身も、気づいておられないかもしれませんが、欲求不満のかたまりのように見受けら
れます。
毎日、悶々とした気分で、過ごしている。
もしそうなら、もう子どものことなど相手にせず、自分のしたいことをしたらよいのです。
人生は、短いですよ。

もしあなたが自分の子どもを、神様のような子どもにしたいのなら、それはまた話は別ですが
……。

(5)各論

子どもが約束を守らないようであれば、最初から約束などしないこと。
約束するとしても、数をぐんと減らすこと。
それに重要なことだけで、約束をし、それが守れるまで、きちんと見守ること。
たかが学校の宿題程度のことで、「約束」「約束」と騒がないこと(失礼!)。

約束の乱発をしながら、(たいていは、親からの一方的な約束であることが多いわけですが…
…)、「約束を守らない」は、ありませんね。

またウソについては、よくある自己正当化のウソですから、それほど心配しなくてもよいと思い
ます。
空想的虚言については、どこかの検索エンジンを使って、「はやし浩司 空想的虚言」を検索し
てみてください。
いくつかをヒットできるはずです。
対処法も、併せて書いておきました。

(6)最後に……

きびしい意見を書きましたが、こう考えてください。
まず親であるという気負いを取ること。
「……息子がいなければ家族は穏やかに過ごせます」などと、気負うことはありません。
そう思うなら、思うで、それでよいのです。

「あなたはあなたで、勝手にやってください」と言って、あなたはあなたで、好き勝手なことをす
ればよいのです。

現に、子どもがこの年齢になると、大半の親たちは、そう感ずるようになります。
それが子離れです。
子離れすることを、恐れる必要は、まったくないのです。
つまりそういうふうに、わざわざ考えなければならないところに、あなたの気負いがあるわけで
す。

あなたの子どもは、雲が自然と風に乗って流れていくように、すばらしいおとなになっていきま
す。
ひょっとしたら、あなたの望む方向とはちがった方向に進むかもしれませんが、それでもちゃん
と、すばらしいおとなになっていきます。

が、条件があるとするなら、「自分の子どもを信ずること」です。

方法としては、つぎのような方法があります。
以前、書いた原稿を添付します。

+++++++++++++++++

●ほめる

++++++++++++++++

子どもは、ほめて伸ばす。
これは家庭教育の大鉄則!

++++++++++++++++

●灯をともして引き出す

 欧米諸国では、『灯をともして引き出す』が、教育の基本理念になっている。「教育」を意味す
る(education)という単語も、もとはといえば、(educe)、つまり「引き出す」という単語に由来す
る。

 その灯をともして引き出すためには、子どもは、ほめる。ほめてほめて、ほめまくる。そのせ
いか、アメリカでもオーストラリアでも、学校の先生は、子どもをよくほめる。参観している私の
ほうが恥ずかしくなるほど、よくほめる。

 発達心理学の世界では、ほめることによって、自発的行動(オペラント)が生まれ、それが強
化の原理となって、子どもを前向きに伸ばすと考えられている(B・F・スキナー)。

●脳内ホルモンが脳を活発化させる

 このことは、大脳生理学の分野でも、裏づけられている。好きなことをしているときには、脳
内で、カテコールアミンという脳内ホルモンが分泌され、それが、ニューロンの活動を活発化
し、集中力や思考力をますことがわかっている(澤口俊之「したたかな脳」)。

 このとき大切なことは、得意分野をほめること。不得意分野や苦手な分野には、目をつぶ
る。たとえば英語が得意だったら、まずそれをほめて、さらに英語を伸ばす。すると脳内ホルモ
ンが脳全体を活発化し、集中力もます。そのためそれまで不得意だった分野まで、伸び始め
る。これを教育の世界では、「相乗効果」と呼んでいる。子どもの世界では、よくみられる現象
である。が、それだけではない。

ほめることによって、子どもの心そのものまで、作り変えることができる。こんなことがあった。

●子どもをほめるときは本気で

 ある小学校に、かなり乱暴な子供(小5男児)がいた。腕力もあった。友だちを殴る蹴るは当
たり前。先生もかなり手を焼いていたらしい。母親は、毎月のように学校へ呼び出されていた。

 その子ども(K君としておく)が、母親に連れられて私のところへやってきた。夏休みになる少
し前のことだった。私は、週1回、夏休みの間だけ、K君の勉強をみることにした。

 こういうケースで重要なことは、最初から、本心で、その子どもをいい子と思うこと。ウソや仮
面ではいけない。本心だ。英語の格言にも、『相手はあなたがその人を思うように、あなたを思
う』というのがある。あなたがAさんならAさんをいい人だと思っているなら、そのAさんも、あな
たのことをいい人だと思っているもの。心理学の世界にも、「好意の返報性」という言葉があ
る。

 子どもというのは、自分を信じてくれる人の前では、自分のいい面を見せようとする。相手の
好意には、好意でもってこたえようとする。そういう子どもの性質を利用して、子どもを伸ばす。

●「先生、肩もんでやるよ。」

 で、夏休みも終わりに近づき、母親にK君の様子を報告することになった。私は車の助手席
に、K君は、うしろの席にいた。私は、こう言った。

 「K君はたくましい子どもです。元気がありすぎるため、トラブルを起こすかもしれませんが、
今だけです。おとなになったら、すばらしい人になります。楽しみな子どもです」と。

 K君は、実際、好奇心が旺盛で、バイタリティもあった。おとなのユーモアもよく理解した。頭も
よい。母親は「そうでしょうか。」と、どこか心配そうだったが、その翌週、こんなことがあった。

 いつもより30〜40分も早く、K君が私のところへ来た。「どうした?」と聞くと、K君は、少し恥
ずかしそうにこう言った。

 「先生、肩もんでやるよ。オレ、肩もむの、うまいんだア」と。

 私はだまって、K君の好意を受けた。
(はやし浩司 脳内ホルモン オペラント 自発的行動 カテコールアミン ドーパミン 子どもの
やる気 子供の集中力 思考力 はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児
教育 子育て はやし浩司 Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 好
意の返報性)

+++++++++++++++++

この原稿の中で、とくに「好意の返報性」という言葉に注目してください。
日本でも、昔から、『魚心あれば、水心』と言いますね。
それと同じです。

これについても、たびたび書いてきましたので、このあとに、その原稿を貼り付けておきます。

これを読んでくだされば、Mさん、あなたのお子さんが今、いかに窮屈な思いをしているか、理
解できると思います。

+++++++++++++++++

●好意の返報性

 心理学の世界に、「好意の返報性」という言葉がある。あなたに好意をもっている人には、あ
なたはよい印象をもち、反対に自分に反感をもっている人には、悪い印象をもつようになる。つ
まり相手の心の状態が、こちらがもつ印象に影響を与える。それを好意の返報性という。

 こうした好意の返報性は、子どもには、とくに強く現れる。「この子はいい子だ」と、親や教師
が思っていると、子どもも、その親や教師に、よい印象をもつようになる。反対に、そうでないと
きは、そうでない。この性質をうまく利用すると、子どもを伸ばすことができる。

 私も若いころ、初対面で、「この子は、教えにくい子どもだ」と思ったことがある。そういう子ど
もはたいてい、半年、一年もすると、「林先生なんて、嫌い」「幼稚園へ行きたくない」と言い出し
た。

 そこで私は、初対面のとき、仮にそういう思いが心の中を横切っても、それを打ち消すように
している。そして心底から、「この子はいい子だ」と思いなおすようにしている。すると子どもの
ほうも、やがて私に対してよい印象をもつようになり、「林先生が、好き」と言い出す。しかしそ
れはその子どものためというよりは、私自身のためでもある。私はそうすることで、自分の仕事
をしやすくする。

 そこで教訓。もしあなたが自分の子どもに対して、「うちの子はダメ」「うちの子は心配」と思っ
ているなら、そういう思いは、今すぐ、改める。そして最初はウソでも構わないから、「うちの子
は、すばらしい」「うちの子は、いい子」と思うようにする。これはあなたの子どものためというよ
りは、あなた自身のためである。

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●好意の返報性(2)

 あなたが周囲の人を嫌ったり、批判したりすると、そのときはあなたに同調する人も現れるか
もしれないが、やがてあなた自身も、嫌われたり、批判されたりするようになる。こうした現象
も、好意の返報性で、説明される。

 たとえばあなたが園や学校の先生を、嫌ったり、批判したりしたとする。あるいは先生の悪口
を言ったとする。その人があなたと親しい人なら、あなたの意見にそのときは、耳を傾けるかも
しれない。しかしやがて、今度は、あなたが嫌われたり、批判されたりするようになる。

 そこであなたが皆に、好かれるためには、この反対のことをすればよい。あなたがあなたの
周囲の人を好きなったり、ほめたりすればよい。そのときは多少、反発する人もいるかもしれ
ないが、やがてあなたは、皆に好かれるようになる。

 家庭では、こんなことを注意する。

 あなたは子どもの前では、夫や家族を、ほめる。楽しいできごとだけを口にして、それを喜
ぶ。そして夫や家族の前では、子どもをほめる。子どものすばらしい面だけにスポットをあて、
それを皆で、たたえる。こうした相互作用が、あなたの評価を高める。それだけではない。家庭
全体が、温もりのある家庭になる。

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●好意の返報性(3)

英語の格言に、『友を責めるな、行為を責めろ』というのがある。仮にあなたの子どもが、あな
たからみて好ましくない友だちと交際していても、その友だちを責めてはいけない。名前を出し
てはいけない。その友だちの行為の、どこがどう悪いかだけを指摘して、あとは子どもの判断
に任せる。

 それについて以前、こんな原稿(中日新聞発表済み)を書いたので、ここに転載する。この中
で書いた、「遠隔操作」も、好意の返報性の一つと考えてよい。

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●友を責めるな、行為を責めよ

 あなたの子どもが、あなたから見て好ましくない友人とつきあい始めたら、あなたはどうする
だろうか。しかもその友人から、どうもよくない遊びを覚え始めたとしたら……。こういうときの
鉄則はただ一つ。『友を責めるな、行為を責めよ』、である。これはイギリスの格言だが、こうい
うことだ。

 こういうケースで、「A君は悪い子だから、つきあってはダメ」と子どもに言うのは、子どもに、
「友を取るか、親を取るか」の二者択一を迫るようなもの。あなたの子どもがあなたを取ればよ
し。しかしそうでなければ、あなたと子どもの間には大きな亀裂が入ることになる。友だちという
のは、その子どもにとっては、子どもの人格そのもの。友を捨てろというのは、子どもの人格を
否定することに等しい。あなたが友だちを責めれば責めるほど、あなたの子どもは窮地に立た
される。そういう状態に子どもを追い込むことは、たいへんまずい。ではどうするか。

 こういうケースでは、行為を責める。またその範囲でおさめる。「タバコは体に悪い」「夜ふか
しすれば、健康によくない」「バイクで夜騒音をたてると、眠れなくて困る人がいる」とか、など。
コツは、決して友だちの名前を出さないようにすること。子ども自身に判断させるようにしむけ
る。そしてあとは時を待つ。

 ……と書くだけだと、イギリスの格言の受け売りで終わってしまう。そこで私はもう一歩、この
格言を前に進める。そしてこんな格言を作った。『行為を責めて、友をほめろ』と。

 子どもというのは自分を信じてくれる人の前では、よい自分を見せようとする。そういう子ども
の性質を利用して、まず相手の友だちをほめる。「あなたの友だちのB君、あの子はユーモア
があっておもしろい子ね」とか。「あなたの友だちのB君って、いい子ね。このプレゼントをもっ
ていってあげてね」とか。そういう言葉はあなたの子どもを介して、必ず相手の子どもに伝わ
る。そしてそれを知った相手の子どもは、あなたの期待にこたえようと、あなたの前ではよい自
分を演ずるようになる。つまりあなたは相手の子どもを、あなたの子どもを通して遠隔操作する
わけだが、これは子育ての中でも高等技術に属する。ただし一言。

 よく「うちの子は悪くない。友だちが悪いだけだ。友だちに誘われただけだ」と言う親がいる。
しかし『類は友を呼ぶ』の諺どおり、こういうケースではまず自分の子どもを疑ってみること。祭
で酒を飲んで補導された中学生がいた。親は「誘われただけだ」と泣いて弁解していたが、調
べてみると、その子どもが主犯格だった。……というようなケースは、よくある。自分の子どもを
疑うのはつらいことだが、「友が悪い」と思ったら、「原因は自分の子ども」と思うこと。だからよ
けいに、友を責めても意味がない。何でもない格言のようだが、さすが教育先進国イギリス!、
と思わせるような、名格言である。

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●好意の返報性(4)

 子育ての要(かなめ)は、こういうわけで、子どもの叱り方にあるということになる。これについ
ても、以前、こんな原稿(中日新聞発表済)を書いたので、ここに転載する。

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子どもの叱り方、ほめ方

 子どもを叱(しか)るとき、最も大切なことは、恐怖心を与えないこと。『威圧で閉じる子どもの
耳』と覚えておく。中に親に叱られながら、しおらしくしている子どもがいる。が、反省しているか
ら、そうしているのではない。怖いからそうしているだけ。親が叱るほどには、効果はない。叱
るときは、次のことを守る。

(1)人がいるところでは、叱らない(子どもの自尊心を守るため)

(2)大声で怒鳴らない。そのかわり言うべきことは、繰り返し言う。「子どもの脳は耳から遠い」
と覚えておく。説教が脳に届くには時間がかかる

(3)相手が幼児の場合は、幼児の目線にまで、おとなの体を低くする(威圧感を与えないた
め)。視線を外さない(真剣であることを示すため)。子どもの体を、しっかりと親の両手で固定
し、きちんとした言い方で話す。にらむのはよいが、体罰は避ける。特に頭部への体罰は、タブ
ー。体罰は与えるとしても「お尻」と決めておく

(4)子どもが興奮状態になったら、手をひく。あきらめる。そしてここが重要だが、

(5)叱ったことについて、子どもが守れるようになったら「ほら、できるわね」とほめてあげる。

 次に子どものほめ方。古代ローマの劇作家のシルスも『忠告は秘(ひそ)かに、賞賛は公(お
おやけ)に』と書いている。子どもをほめるときは、少しおおげさにほめる。そのとき頭をなで
る、抱くなどのスキンシップを併用するとよい。そしてあとは繰り返しほめる。特に子どものやさ
しさ、努力については、遠慮なくほめる。が、顔やスタイルについては、ほめないほうがよい。
幼児期に一度、そちらのほうに関心が向くと、見てくれや、かっこうばかりを気にするようにな
る。実際、休み時間になると、化粧ばかりしていた女子中学生がいた。

また「頭」については、ほめてよいときと、そうでないときがあるので慎重にする。頭をほめすぎ
て子どもがうぬぼれてしまったケースは、いくらでもある。

 叱り方、ほめ方と並んで重要なのが、励まし方。すでに悩んだり、苦しんだり、さらには頑張っ
ている子どもに向かって、「がんばれ!」はタブー。意味がないばかりか、かえって子どもから、
やる気を奪ってしまう。「やればできる」式の励まし、「こんなことでは!」式の脅しもタブー。結
果が悪く、子どもが落ち込んでいるようなときはなおさら「あなたはよく頑張った」式の前向きの
理解を示してあげる。

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●好意の返報性(5)

 「好意」といっても、それがいつも好ましいものとはかぎらない。好意をもたれることで、かえっ
てその人に嫌悪感を覚えることだってある。

 たとえばあなたが財産家であったとする。そういうあなたに、何かのセールスマンが近寄って
きて、あれこれあなたをほめたとする。しかしそういうときあなたは、そのセールスマンの言うこ
となど、信じないだろう。あるいは反対に、そのセールスマンを毛嫌いするかもしれない。この
ばあい、あなたは、セールスマンの行為に、下心があるのを知るからである。

 好意が好意として、返報性をもつためには、同調性が必要である。「同調性」というのは、こ
ちら側もまた、相手の好意に対して、同調するということ。もう少しわかりやすく説明してみよ
う。

 たとえばあなたが、絵を描いて、何かの賞をもらったとする。そのときまったく絵のことを知ら
ないAさんが、その絵を見て、「あなたの絵はすばらしい」と言ったとする。するとあなたは、
「何、言ってるのよ!」と思うかもしれない。あるいは日ごろからあなたの悪口ばかり言っている
Bさんが、同じようにほめたとする。するとそのときも、あなたは、「何、言ってるのよ!」と思う
かもしれない。つまり同調性がないことになる。

 ほかにたとえば、ここでいう下心を、ほめられたほうが感ずると、同調性が消える。つまりそう
いう状態で、相手が、いくら好意を表現しても、効果がない。ないばかりか、かえって逆効果に
なることもある。子どもも、また同じ。

 子どもをほめるときは、それなりに、ほめる側にも、同調性がなければならない。そこでつぎ
のことに注意するとよい。

○おせじ的なほめ方はしない。へつらわない。機嫌をとらない。

○子どもに同調するために、こちら側のレベルもあげる。子どもをほめるときには、なぜほめ
るかという理由を、はっきりともつ。「レベルをあげる」というのは、ほめる側も、それなりの知識
をもつということ。具体的には、なぜほめるか、その理由を、しっかりと子どもに伝えられるよう
にするとよい。「あなたの絵は、見る人をほっとさせるような、やさしさがあるわ。そういうところ
が、審査員の先生たちの心をとらえたのね」と。

○好意には、下心をもたない。心底、無の状態で、子どもをほめる。親にとっては、なかなかむ
ずかしいことかもしれないだが、努めて、そうする。

このように「好意の返報性」といっても、奥が深い。家庭で子どもを指導するときの、一つのコツ
として覚えておくと、役にたつ。
(030407)

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では、これで今日は、失礼します。

心を解き放ちなさい。
体はあとから、ついてきますよ。
(アメリカの教育格言より)











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【7】
●息子の盗癖(Stealing)

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兵庫県K市に住んでいる、
KNさんという母親から、
こんな相談が届いている。

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【KNさんより、はやし浩司へ】

HPを読ませていただきメールを書きました。

今日相談させていただくのは中2になる息子のことです。この2月に4年間の海外転勤から帰
国し、日本の公立中学に通っています。部活動に入り頑張っているのですが、なかなか新しい
生活に、溶け込めないでいるようです。

その息子が朝、試合に出かけた後、主人の財布がなくなっていたのに気がつき、部屋を探した
らクローゼットから財布と共に、主人のいろいろな電化製品が出てきました。

実はこれが最初ではなく5月中旬に、やはりI・potを買うため家族の財布からお金を抜き取り
購入していました。この時は本人と話をし、金額が3万円と高価なため、私がお店に出向き、
親の知らぬところで買った旨を伝え、返品をさせていただきました。

そしてつい先週、やはり隠していた主人の財布からお金を抜き取り、サッカーシューズを、黙っ
て購入したのが発覚したばかりです。

そして今日、これを見つけ本当にどうしたらよいのか、このまま家族の中だけで済まなくなり、
お店のものを盗むようになったらどうしようか不安でなりません。

本人に注意をした時はもうしないというのですが、サッカーシューズの件以来、またやるのでは
ないかと私は感じていました。

なぜなら本人は悪いことをしていると意識があまりないように感じたからです。貯金からかえせ
ばいい、家族のお金、はっきりは言いませんがそのような受け取り方をしているようです。

子供には買うことを禁止しているわけではありません。ほしいと言った時には意見を聞いてい
ますが、高いものを欲しがるので、相応なものを提案しています。でも多分それでは不満なの
でこういう行動にでてしまったのでしょう。

そのつどどうしたらわかってもらえるかときつく叱ったり、じっくり話しあったりしてみましたが効
果はありません。いま試合に行っていますが帰ってきたらどう話を切り出したらよいか……。自
分が何を言い出してしまうかわからないのです。

突然メールをだし、ずうずうしいことは承知です。
ですがどうかお返事をいただけますようお願いいたします。

【はやし浩司よりKNさんへ】

かなり物欲の強い子どもですね。

最近の研究によれば、(「サイエンス」誌、Kロートワイラー・オゼッリほか)、物欲の「根」は、私
たちが考えているより、はるかに深いことがわかってきました。

たとえばそこに(新しいモノ)があると、最初の信号は、脳の中心部にある視床下部というところ
に送られます。その信号を受けた視床下部は、ドーパミンという、快楽追求行動を調整してい
る神経伝達物質を放出します。これが脳の中の線条体を刺激します。

この反応メカニズムは、アルコール中毒患者が、酒の臭いをかいだり、酒のコマーシャルを見
たときと同じと考えられています。喫煙者が、タバコをやめられないのも、そのひとつです。

つまり本人でも、どうにもならない問題と、まず考えてください。もし説教でなおるような問題で
あれば、この世界には、アルコール中毒患者も、喫煙者もいないということになります。KNさん
のお子さんについていえば、(そのモノ)を見たとたん、猛烈な物欲が働き、自分でもコントロー
ルできない状態になると考えてください。

(そもそもそうした物欲を高めてしまったのは、家庭教育の失敗とみます。幼いころ、物欲をう
まく利用しながら、子どもをしつけてきたという経緯があるはずです。「これを買ってあげるか
ら、勉強しようね」とか、など。)

その猛烈な物欲が、KNさんのお子さんを裏から操っている……。それが盗癖とつながってい
ます。(ふつうの盗癖とちがうところは、盗むこと自体には、快感を覚えていないということで
す。)

性格的にもかなりわがままで、自分勝手かもしれません。俗にいう、「ドラ息子症候群」がほか
にあれば、それも疑ってみてください。

ではどうするか?

こうしたケースでは、子どもを叱っても、あるいは説教しても、あまり(=ほとんど)意味はありま
せん。先にも書いたように、子ども自身も、自分でどうしたらよいか、わかっていないからです。

そこで親がとるべき方法は、ただひとつ。
管理を強化するということです。徹底した管理をします。

(1)子どもの目の届くところに、お金を置かない。
(2)サイフ、バッグの置き場所に注意する。
(3)大金を持ち歩かない。

夜の睡眠中も、お金の入ったバッグ類は、手元に置きます。またそういう習慣を確立します。
夫の協力も、不可欠です。メールを読ませていただいた範囲では、KNさんの家庭は、裕福と
いうこともあり、お金の管理が、かなりルーズな感じがします。サイフのお金は、特別なことがな
いかぎり、3000円までとか、あるいは、それ以下にします。

またもうひとつ気になるのは、「私がお店に出向き、親の知らぬところで買った旨を伝え、返品
をさせていただきました」という部分です。

子どもの名誉、プライドをどのように考えていますか?
店の人が受ける迷惑を、どのように考えていますか?

あなた自身が、甘いというか、依存性が強いというか、あるいはあなたの子ども自身を、私物
化している(ゴメン!)。自分が盗まれるかもしれないようなところに、3万円もの大金を置いて
おきながら、それが盗まれたからといって、大騒ぎする。

では、どうするか?

まず、あなた自身が、おとなになることです。同時に、あなたの子どもを、(子ども)ではなく、(1
人の人間)として認めることです。そして友として、あなたの子どものした行為については、あな
たも共同責任を負います。あなた自身が、子どもと同じレベルになってしまっているのが、たい
へん気になります。

店に行って、3万円を取り返した段階で、すでにKNさんと、子どもの信頼関係は、崩壊してい
るとみます。はっきり言えば、あなたはしてはいけないことを、してしまった。相手が幼児ならと
もかくも、中学生ですよ! (あるいはそれ以前から、破壊されていると考えてもよいでしょう。)
で、こういうときは、(子どもを責める)のではなく、(そういうスキを与えた自分)、さらには、(そ
ういう子どもにした自分)を、もっと反省してください。一方的に子どもだけを責めるのは、あな
たの身勝手というものです。

あなたにはつらいことかもしれませんが、あなたがすべきことは、ただひとつ。『許して、忘れ
る』です。

これについては原稿を書いてきましたので、「はやし浩司 許して忘れる」で、検索してみてくだ
さい。いくつかの原稿がヒットできるはずです。

今からでも遅くないなどという気休めは言いたくありません。むしろ、私が言いたいのは、その
逆です。

こうした問題には、かならず二番底、三番底があります。「今が最悪」などと思ってはいけませ
ん。すでにあなたの子どもは、常習的に万引きをしていると考えてください。今の状態をこじら
せば、さらにそれがエスカレートする可能性があります。非行、夜遊び、家出、不登校……、さ
らには家庭内暴力と、それが進んでしまう可能性もあります。

ですから、何としても、今の状況を、これ以上悪くしないことだけを考えて、対処してください。は
げしく叱ったり、説教すればするほど、逆効果ということです。先にも書いたように、病的な(?)
盗癖であれば、なおさらです。

とくに現在、あなたの子どもは、思春期の真っ最中。そうでなくても、心の中では、もろもろの欲
望がウズを巻いています。そのウズは、あなた自身の力では、どうにもならないものです。もち
ろん子ども自身も、それをもてあましている。

盗癖は、あくまでも症状のひとつです。インフルエンザにかかった子どもの、「熱」のようなもの
です。熱だけをおさえたところで、インフルエンザが治るということではありません。

きびしいことを書きましたが、メールを読んだ範囲では、「今が序の口」と感じました。へたをす
れば悪循環が悪循環を呼び、さらにKNさんのお子さんは、深くて暗い袋小路に入ってしまうで
しょう。

親のサイフからお金を盗んだことを叱るのではなく、(というのも、そんなことはだれでもしてい
ることですから……。私も中学生のとき、しましたよ!)、まだまじめに(?)学校へ行き、試合
に出ている息子さんを、喜びなさい。感謝しなさい。

またそのうち万引きも発覚するでしょうが、それも覚悟しておくことです。そのときはそのとき
で、友として、堂々と、相手の方と接してください。(というのも、万引きにしても、この時期の子
どもにとっては、熱病のようなものですから)。子ども自身に責任を取らせればよいのです。子
離れを今のうちにしっかりとしておきます。そしてそのときの自分の態度を、シミュレートしてお
きます。

「自分でしたことは、自分で責任を取りなさい!」「私は知りません!」と。

それが今のあなたの取るべき、態度です。(まちがっても、相手の人に許しを乞うたりしてはい
けませんよ!)

以上ですが、何かの参考になればうれしいです。
メール、ありがとうございました。

なおこの原稿は、HPに収録しますが、どうかお許しください。
不都合な点があれば、至急、お知らせください。書き改めます。

(はやし浩司 家庭教育 育児 育児評論 教育評論 幼児教育 子育て はやし浩司 
Hiroshi Hayashi education essayist writer Japanese essayist 子どもの盗癖 盗み 盗みグセ
 盗み癖 万引き 物欲論)

【KNさんより、はやし浩司へ】

> はやしさま

> お忙しい中、早急にお返事いただいていながら遅くなり申し訳ありません。
> 今後の向き合い方・不安などいろいろなものが頭を駆け巡り手つかずの状態になってしまい
ました。
> メールの転載の件ですがお使いください。
> お答えいただいた内容が、同じように悩んでいらっしゃる方に少しでもお役にたてればと思い
ます。
> と書きながらも、私はまだ確固たる信念・方針は何も決まっていません。
> お返事をいただいてから昨日までどうしたらよいのか考え悩みとにかく苦しい毎日です。 

> 夕べくらいから少し長期戦になる心構えができてきたくらいです。
> 前回のメールはとにかくどうしたらよいか気ばかり焦り、バーっと書いてしまいました。 

> もう少し息子についてくわしく書かせてください。

> 小さい頃より転勤が多くだいたい1〜3年おきに日本国内を住んできました。
> 小学校の中学年になると引っ越すときには嫌がっていたのを覚えています。
> また、転校先では口には出しませんがそれなりのストレスはあったようで、
> 仲間として認めてもらい自分らしく振る舞えるようになるのに4ヶ月くらいかかっていたと思い
ます。
> 5年生の時にフランスに転勤になり、インターナショナルスクールに転校となったのですがこ
の頃までは物欲等がなく、
> みんながゲームを買っていても強くほしがることもなくたまに友達とするくらいでした。 

> 私自身も必要以上のもの・年相応と思えないもは、簡単には買い与えてきませんでした。 

> 物に対する執着はほとんどないといってもよいくらいでした。
> フランスに移ってからは、中学1年生くらいまでは海外の友達もでき楽しく学校に通っていま
した。 

> ただ、生活面では中学2年のころから甘いものに執着を示しだし自分で買って食べるように
なりました。

> 同時に物に対する欲の始まりだったように思えます。
> 思春期を迎え少し経った頃から変わってきたと思います。
> 今思えば1年くらい前から兆候があったのかもしれません。
> 住んでいた国も多少影響があったかもしれません。

> フランスという国は管理されていないものは自分のものされてしまいます。
> 要するにしまっていなければ自分が取っても良いという意識なのです。
> もちろんみなではないとも思いますがほとんどの人はそう思っているでしょう。
> 主人の会社でも、パソコンを持って帰るのを忘れたら次の日には無くなっていたとか、
> 学校の図書室で調べ物をしている間に電子辞書が無くなっていたり,
> 娘が学校で iPot を置き忘れ、2分後にすぐに取りに行ったけれど
> なくなって見つからなかったなど。
> そんな環境で人の物に対する常識が少しずれてきていたのかもしれません 。
> (ほかの日本人みんなが感化されるわけではありませんから個人の問題ですが。)

> そして、今回の帰国に関しては、今までの中で一番厳しいようです。
> 年頃のせいかなかなか仲間に認められるのが大変なようで
> 仲良くなれてきたなと思っていた友達から急に、「お前なんかフランスに帰れ」と言われたり
> 二人の時は普通に話しても何人かが集まると仲間外れされ始め、なかなか難しいようでし
た。
> 心の支えとしていたサッカーもコーチとそりが合わないようではずされてしまいました。 

> 最近イライラしているのがよくわかります。
> > 
> 今書いたことが今回のことの原因とは思ってはいません。
> 考慮はしながら切り離して考えていこうと思っています。
> というのはアドバイスいただいたように本人にもどうにもならない物欲でコントロールできない
状態でもあるからです。

> 注意したそのときは理解しているし反省もしているけれどすぐ忘れて私物化してしまいます。
 
> この先エスカレートしたらどうやって対処していけばよいのか、いつか治るのか、本当に不安
だらけです。
> もしかしたら大したことではない はしか のようなもの。
> もしかしたら警察沙汰になるようなもの。
> 頭の中がぐるぐる回ってしまいます。

> 「許して忘れる」それで快方に向かうのでしょうか。
> 私たち夫婦もお金の管理が甘かったことを反省し今は徹底して目の届くところにはおかない
ようにしています。
> 物については持ち歩くことができないので見つけたつど
> 「これ、私のだよね。使いたいときには一応貸してって言おうね。使ってもいいから」 

> となるべくさりげなく言葉をかけるようにしています。

> また、前回のメールで ipot を返品した件。言い訳がましいですが、
> ipot を返品したのはレシートから発覚したものでまだ買った時の袋も開けていない状態で
す。
> それでもお店の方に迷惑をおかけしたことには変わりはありませんが。
> 見つけた段階で、私はどういう行動をとっていたらよかったのでしょうか。
> 一緒に返品することは息子のプライドが傷つくと思い私が行きました。
> 本人が行くべきだったのでしょうか。

> とても恐ろしいし頑張っていけるか自信はなく今まで落ち込んできましたが、
> これからが二番底、三番底と続くのなら落ち込んではいられないので覚悟をきめなければい
けないですね。
> 自分の子供なんだからしっかりしなくては。
> また、ご相談をさせていただくことがあるかもしれません。

> その折はよろしくお願いいたします。
> はやしさんにアドバイスをいただいていなければ、もっと自分を追い込んでいたと思います。
> 心より感謝をいたしております。
> ありがとうございました

【はやし浩司より、KNさんへ】

おはようございます。
 
メールありがとうございました。
 
「KN様」というのが、ご本名であることを知り
うれしく思いました。送信者名から、わかりました。
(ほとんどの方は、偽名で相談においでになります。)
 
もちろんお名前が外に漏れるということは、
ぜったいにありませんので、ご安心ください。
 
原稿として残すときは、内容をすべて改変します。
メールもしばらくしたあと、削除しています。
 
またご事情を詳しく話してくださり、感謝しています。
よい勉強になりました。
 
基本的には、前回、書いたとおりですが、
神経症としての盗癖と考えてください。
お子さんは、そういう形で、(親から見れば心配
ですが)、自分の心を懸命に支えようとしています。
幼児のおねしょと同じように考えてやってください。
 
ものを所有することで、脳内にモルヒネ様の物質
(エンドロフィン、エンケファリン)を充満させます。
 
それはとても心地よいものです。
対処の仕方さえ誤らなければ、一過性のもので終わります。
習慣化すると、ずっと先まで残ります。
 
家庭の中では、心の開放を大切に、のんびりと
させてやるのがコツです。
 
では、今朝はこれで失礼します。

なお「フランスの事情」は、たいへん興味深く読ませていただきました。
私も思い当たることが、いくつかあります。

また先日、アメリカで研究生活を送っている、HTさん(女性、50歳くらい)
もこう言っていました。

「研究室に新しい機械が入っても、その使い方は、だれも教えて
くれない」とです。
「使い方を知りたかったら、自分で勉強しろ」という姿勢なのですね。
「冷たい」というか、向こうでは、弱肉強食的な人間関係が固定化している
ため、そういうことが起きるのだと、話してくれました。
 
はやし浩司









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【8】
●幼稚園選び(How to select a kindergarten)

+++++++++++++++++

京都府にお住まいのUYさんという
母親から、幼稚園選びの相談が届いて
います。

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【UY様より、はやし浩司へ】

暑中お見舞い申し上げます。

以前、2年保育についてご相談させていただいたUYです。
カナダの幼稚園について、少しでもお役にたてようで良かったです。

さて、不躾ですが、またご意見を伺いたく以前のメールからご相談させていただくことをお許しく
ださい。

2年保育を考えて・・・とはいえ、来年の幼稚園入園に向けて動き出さなければいけない時期と
なりました。
現在、2つの幼稚園まで候補を絞ったのですが、だんだん判らなくなっています。

先日、「3年保育が主流ですので・・・」と言われた私立幼稚園に見学に伺いました。 

園長先生とお話をしたところ、週数回、午前だけの通園から始めて、徐々に慣れていくような
形でも受け入れてくださるとのことでした。 園内は明るい雰囲気で、感じが良かったです。
体育、英語などの先生が来て、カリキュラムに組まれているなどの教育型?のようです。 

見学の時は、ちょうど体育のクラスでしたが、横でやってみたくてウズウズして見ていました。
(参加はさせてもらえませんでしたので) 子供が楽しい遊びの中のひとつとしてできるならば、
素晴らしいと思いました。

もうひとつは、国立大学の付属幼稚園です。 

先日、幼稚園についての講演会に行ってきました。(説明会ではありません。)副園長先生の
お話は、子供に対して、幼児教育に対して、納得できる部分が多く、幼稚園の環境はとても自
然の中で素晴らしいというのが感想です。木登りをしたり、草の中の昆虫みつけたり、木の実
を取って食べたりなどと言った体験が園内でできる環境でした。

私は、四国育ちなのですが、嬉しくなるようなキレイな遊具より、自然の中で自分達で遊びを作
ったり、発見する楽しさを我が子にも味わって欲しいと思っています。

現在、3年保育に通っているお友達から聞いていたのですが、父母が園の教室まで送り、子供
が納得するまで、園内にいても構わないということでした。2年保育でも同じ状況なのか伺いた
くて、実質、副園長先生に説明会の後、少しお話をさせていただきました。(園長先生よりも副
園長先生が現場?、と言う感じでしたので)2年保育でも3年保育でもその子の状況に応じてで
構わないということで、2年保育から入った場合でも、本人が納得するまで全く構いませんとの
ことでした。

「数ヶ月もたたずに離れる子もいれば、一年間お母様が見ていらした方もいます。お子さんの
発達や心の状況はそれぞれ違いますから、個々に対応するべきです。うちの幼稚園以上に細
やかな所は他にありません」ということでした。

園児の様子などは説明会の時しか見られないので、わかりませんが、説明会も大人のみとな
っており、実際に入園前に子供自身が園内に入れることはないのが、疑問です。

いろいろと他にも幼稚園の開放日、または支援センターの催しなどに息子を連れて行って様子
をみていますが、先生にも自分から行ってご挨拶して、いつもとても楽しそうに遊んでいます。

でも、いざ、またどこか幼稚園に行ってみようかという話をすると、「僕は幼稚園行かないよ。マ
ミーとずっといる。一緒に行ける幼稚園なら行きたいけど・・・」と言います。 他のお友達もみん
なお母さんと一緒じゃないけど、みんな同じようにお母さんと一緒がいいということ。みんな楽し
い時間を過ごしているということ。離れていても、いつも愛しているしまた帰ってきたらすぐに会
えるということ・・・など色々話しているのですが、息子から返ってくる言葉はいつも同じです。 
甘えているだけなのか、どう話せばいいのかわかりません。

分離不安といっても、通っているお稽古のお友達とは私を置き去りにして遊びに走って行くし、
近所の1、2年生の子供達とも一緒になって走り回り見えなくなって、私が逆に危なくないかと
ハラハラする程です。

どのように、息子に接したらいいでしょうか?

息子の様子から考えて、玄関前で引き裂かれるようなことがなく、納得できる状態で対応でき
るなら附属幼稚園がいいのかなぁと思っています。

でも、受験に受かるかどうかはわかりません。以前、あるお受験対策塾のようなところにお話
を伺いに行きました。息子に数種類の問題をさせた結果、能力・学力的な問題はないと思いま
すが、当日親から離れられるかが問題ですと言われました。それはそうだと思ったのですが、
そこの塾の先生からこんなお話をされました。

「附属幼稚園に通わせる方の多くは、その後の小学校を視野に入れています。単純に附属幼
稚園、小学校、中学校、某有名進学高校へというコースを考えての方もいらっしゃいますが、
現実はかなり違いますと。 

現在、附属幼稚園・小学校は、自由とか個人の尊重とうたってはいますが、放任そのもので
す。もちろん、他ではできない体験も待っていることとは思いますが、能力・学力が優れ活発な
子供にとっては楽しいかもしれませんが、そうでない子は置き去りにされます。 学校は遊ぶ
所、勉強はご家庭や塾がメインです。

小学校では、教科書を開き何ページという授業ではなく、チャイムがなっても生徒が座らずに
廊下にいるのは普通ですし、それについて先生も何も咎めません。ゆえに、2年生でカタカナ
が書けないという子もたくさんいます。また、幼稚園においても、以前附属幼稚園の先生をなさ
っていたR幼稚園園長は、今の附属幼稚園の保育はどうかしているということで、この間OBを
集め話し合いをなさったそうですよ。

いざ、入ってから、こんなはずではなかったと話してこられるお母様が多いので、いちおう現実
をお話しているだけす。また幼稚園に関しては特に、極端な言い方ですが国立は来ても来なく
ても構いませんが、私立は経営ですので至れりつくせりのところが多いということもあります。

このようなことから、昨今は一貫した教育をきっちりしてくれる私立の方が人気を集めています
し、小学校に関しては、どうせ塾に行かせなければいけないなら、いっそのこと学区の小学校
でいいという方も増えています」とのことでした。

ここの塾には、息子は通っていません。 教室の雰囲気が暗く、楽しく学ぶというよりは「お受
験のための勉強」という感じで自分だったら通いたくないと思うだろうなぁという感覚でした。(そ
ういうものなのかもしれませんが・・・)息子は、「問題は楽しかったけれど、あの場所は楽しくな
かった」と言っていました。 

でも、聞いてきた話については、かなり考えさせられました。

進学について何も考えず、どこでもいいさぁ〜!、と思っている訳ではありません。学力は無い
よりある方がいいと思っています。 私はいちおう進学校を出ているのですが、もっと勉強しと
けば良かったと思っています(笑)。

とはいえ、私は進学校にもかかわらず大学受験せず、高校卒業と同時にアメリカの大学に行
ったので、日本で進学校が目指している大学社会とは無縁でした。得られた物は、大きかった
と思っていますが。

息子には、本人が自分の方向を決めようとする中で、選択範囲が広い状態にしてあげたいと
いうだけです。

いわゆる私立と国立附属の幼稚園・・・根本的な方針が違うのかもしれませんが、はやし先生
はどのように思われますか?

いつも長くなってしまい、申し訳ありません。
お忙しい事と思いますが、お返事いただければ幸いです。

【はやし浩司よりUY様へ】

おはようございます。

そういうふうに迷われましたら、

(1)現場で直接、園児に接している先生の様子を見ることです!

若い先生が、やる気で生き生きと指導している幼稚園を選んでください。
何よりも大切なのは、その(活気)です。
その(活気)の中で、子どもは、伸びていきます。

とくに若い先生(新入りの先生でもよい)が、大きな声で、率先して
指導している幼稚園は、すばらしい幼稚園です。
先生どうしが、和気あいあいと、楽しそうに指導している幼稚園は、よい幼稚園です。
幼稚園は、看板、つまり園長の謳い文句ではなく、現場の先生を見て選びます。

これは大鉄則です。
園の隅から、遠巻きに観察してみると、それがわかります。

あとの問題は、はっきり言って、どうでもよい問題です。

(2)行ってはならない幼稚園は、先生たちが沈んでいる幼稚園です。
どこかタラタラした雰囲気になっていますから、それがわかります。
やる気なさそそうに、(ただ言われたことだけを、無難にやりこなしている)
というような幼稚園は、最悪です。

(3)またよい幼稚園には、(子どもの臭い)がします。
どこかしこに、その(臭い)がしみついています。
壁には落書きのあとがあり、それを先生が懸命に消したようなあとがあるとか……。
先生が子どもを楽しませようとか、そういう努力のあるなしもみてください。

(4)さらに言えば、園長でも、副園長でも、自ら率先して園児の中へ入って
指導している幼稚園を選びます。
園長が、スーツを着て、ふんぞり返っているような幼稚園には、疑問をもってください。
(スーツを着ていても、子どもたちの手で汚されたようなあとがあればいいのですが……。)

つまり看板にだまされないこと。
どこの幼稚園も、生徒募集のために、看板に四苦八苦しています。
ですから派手な指導方針を並べたり、見た目に派手な教育をしたがります。
もちろん園の方針も大切ですが、それ以上に、この時期、幼児に
とって大切なのは、直接子どもたちと接している、(現場の先生の活力)です。

園長の話など、あまりアテにしてはいけません(失礼!)。
美辞麗句が多いですから……。

これは私の経験からの意見です。

なおいただきましたメールですが、内容を大幅に改変したのち、
HPに収録しますが、お許しください。

最後に、「赤ちゃん返り」「母子分離不安」については、私のHPの中のQ&Aコーナー
を参考にしてください。

はやし浩司









 Q&A INDEX   はやし浩司のHPへ 
【9】
【心豊かな人生】


そこに人生があるなら、それは受け入れるしかない。
「あきらめろ」ということではない。
そこを出発点にして、前に進む。

『われらが目的は、成功することではない。
失敗にめげず、前に進むことである』(スティーブンソン)。

まずいのはいつまでも重い過去に引きずられて、「今」を、無駄にすること。
悶々とした日々の中で、自分を見失うこと。

その今には、無限の価値がある。
賢明な人は、その価値を失う前に気づき、そうでない人は、それを失ってから、その価値に気
づく。


●使うしかない

今、そこにあるものを、受け入れていく。
それがどんなものであれ、それはそれとして、認めていく。
それが、心豊かに生きる、コツではないか。

たとえば、私はおととい、新しいパソコンを買った。
ミニ・パソコンと呼ばれる小型のパソコンである。
本当は……という言い方は適切でないかもしれないが、
私は、このパソコンと、もう一台のパソコンで、
どちらにするか、迷った。

このパソコンは、HP 社の、2133という機種。
もう一つは、今度、MSI社から発売になった、U100という機種。
U100のほうは、発売されたばかりとあって、現在、入手困難。
東京の秋葉原でも、発売と同時に、売り切れてしまっている。
この2つのパソコンの大きな違いといえば、2133のほうは、英語式キーボードになっているこ
と。
アメリカ製である。
U100のほうは、日本語式キーボード。
台湾製である。
値段は、2133は、8万円弱。
U100は、6万円弱。
2万円の差はあるが、性能的には、2万円以上の差がある。
それで2133にした。

が、いろいろと問題が起きている。
英語式キーボードだから、キーと文字(とくに記号)が、一致しない。
ワードを使いなれた私には、打ちにくい。
それにやはりミニ・パソコンはミニ・パソコン。
どこかおもちゃ的?

そういうパソコンと対峙したとき、私はこう考える。

「せっかく買ったのだから、使い倒そう」と。
あるいはこうも考える。
「使いにくい面はあるが、使う私がそれに慣れればいい」と。

不平や不満を並べても、しかたない。
「使うしかない」と。

●生きるしかない

……実は、人生も、これに似ている。
いろいろやり残したこともある。
今の今も、何かにつけて中途半端。
この先のことを考えたら、不安でならない。

しかし今の私には、今のこの人生しかない。
だったらこの人生を受け入れて、前向きに生きていくしかない。
私のほうから、今の人生に慣れていくしかない。

……こう書くと、誤解する人がいるかもしれない。
つまりこう書くからといって、「あきらめる」という意味ではない。
あきらめるのではない。
その逆。
こういう人生がそこにあることを、喜び、感謝する。
多少の不便さはあるが、生きるドラマはそこから生まれる。
大切なのは、そのドラマ。
そのドラマこそに、生きる価値がある。

たとえば私は、最近、こう考えることがある。
サイクリングしているようなときだが、自分の体がスイスイと動くことが、うれしい。
「私は目が見える」
「私は音が聞こえる」
「私は走ることができる」
「私はものを考えることができる」と。

その喜びにくらべたら、身のまわりの問題など、何でもない。
すべて、ささいなものに思えてくるから不思議である。

●損とは何か?

たとえば私は、自分の人生の中で、人にだまされたことはあるが、だましたことはない。
とくに金銭問題においては、そうである。
若いころは、それなりに悔しい思いもした。
相手を恨んだりもした。
しかしそんなことを引きずっていたら、これからの人生を心豊かに生きていくことはできない。
できるだけ早くそういう過去とは決別して、前向きに生きていく。

というのも、損をしたと考えること自体、損。
もっと言えば、金銭的な損など、損でも何でもない。
本当に損なのは、(時間を無駄にすること)。
(時間)イコール(人生)と置き換えてもよい。
どのみちあと10年もすれば、みな、頭の活動も鈍る。
健康も衰える。
それに20年もすれば、みな、死ぬ。
(これは私の年代の人のことだが……。)

そしてその先、死ねば、この宇宙もろとも、私は煙のように消える。

金銭的な損得に毒されて、ああでもない、こうでもないと悩むほうが、どうかしている。
大切なことは、今日というこの(与えられた1日)を、心豊かに、楽しく、ほがらかに過ごすことで
ある。
そういう意味では、人生は、金の砂時計のようなもの。
刻一刻と、金の砂が、上から下へ落ちていく。

こんな話を聞いた。

●ある人の遺産相続問題

近所の人の話だが、父親が死んだとき、遺産問題がこじれて、はげしい兄弟戦争になってしま
ったという。
その父親は、このあたりに、千坪単位の土地(もともとは農地)を、もっていた。
それが宅地開発で、黄金の土地に変身した。
その父親がなくなったのは、その直後のことだった。

3人の兄弟と2人の姉妹がいた。
実際には、その中の二男にあたる人が、死ぬまで父親の世話をしていた。
だから本来ならその二男が父親の財産を受け継いでも、何らおかしくはなかった。
が、これにまず長男と長女が、「待った!」をかけた。
つづいて、三男と二女が、「待った!」をかけた。

半端な財産ではない。坪40〜50万としても、10億円以上になる。
(10億円以上だぞ!)
で、こうして泥沼の遺産相続争いとなっていった。
毎週のように、父親の仏壇の前で、怒鳴りあい、殴り合いの騒動がつづいたという。

で、最終的には、二男が、3〜4割の財産を。
残りをほかの4人の兄弟姉妹で均等に分けることになったという。

が、それからその兄弟たちに異変が起きた。
もちろん兄弟、姉妹関係は、こなごなに破壊された。
「財産分けがすんでから、たがいの行き来は途絶えてしまった」と。
それは当然のことだが、そのうち、2人が脳卒中で倒れ、もう1人は、心筋梗塞で倒れた。
1人は、そのあと癌になり、入退院を繰り返している。
残りはもう1人だが、体調を崩してしまったと聞いている。

が、悲劇はそこで終わったわけではない。
今度は、それぞれの息子や娘の間で、財産の分与をめぐって、何かともめ始めているという。

言い忘れたが、みな、年齢は、現在、65歳前後(当時)。
この話をワイフにしてくれた人は、こう言ったという。

「棺おけに足を半分つっこんだような人が、どうしてそんなにも、お金に執着するのでしょうね」
と。
「騒動が長かったから、それから生まれたストレスが、悪かったのでしょう」とも。

●得るものより、失うもの

……というような例は多い。
私もお金は嫌いではないから、(あえて嫌う必要もないが……)、10億円ともなれば……?
そういう騒動に巻き込まれるかもしれない。
しかしどう生きたところで、あと20年。
が、そんな騒動に巻き込まれたら、寿命を縮めてしまうだろう。
脳梗塞で倒れたら、それこそ、お金の話どころではなくなってしまう。

さらに言えば、仮に100万円であろうが、10億円であろうが、この宇宙に視点を置いてみれ
ば、ただの数字。
子どもがもつゲームの中の得点と、どこもちがわない。
仮に相続問題が起きたとしても、事務的に処理して、それですます。
1億の取り分を、2億にしたいと思うから、騒動に発展する。
が、それによって失うものは、もっと大きい。
あるいは騒動を起こして、得になることは、何もない。

では、心の豊かさとは何か?

●自己の統合性

大切なことは、『自己の統合性』ということになる。
(自分がやるべきこと)を見つけ、(そのやるべきことに自分を一致させていく)。
生きがいも、そこから生まれる。
生きる喜びも、そこから生まれる。
生きがいや、生きる喜びの大きい人を、心の豊かな人という。

それがわからなければ、自分にこう問うてみればよい。

大きな高級車を買った……だから、それがどうしたの?、と。
大きな家を買った……だから、それがどうしたの?、と。
どこかの会社の社長になった……だから、それがどうしたの?、と。

自己の統合性が確立してくると、そういうことの無意味さが、つくづくと身にしみてわかるように
なる。
(だからといって、私は、そういうことを否定しているのではない。誤解のないように!)

さあ、あなたも、勇気をもって、まず、あなた自身に納得しよう。
あなたの住んでいる環境に納得しよう。
あなたを囲む、人間関係に納得しよう。

それを「運命」というのなら、運命と呼んでもよい。
まずあるがままの自分を受け入れる。
そしてここが重要だが、今、ここにいて、ここに生きていることを、喜び、感謝しよう。

それが自分の人生を、心豊かに生きていくための必要条件ということではないか。

(付記)

私たち戦後、戦時中生まれの人間は、程度の差こそあれ、みな、「金権教」の信者と考えてよ
い。
「お金がいちばん大切」「お金があれば幸せ」「お金があれば安心」と。
それが転じて、人間の価値まで、お金で決めるようなところがある。

あの貧しい時代を思い浮かべれば、だれが、それをまちがっていると言えるだろうか。
みな、懸命に生きてきた。
あの独特の(ひもじさ)と闘ってきた。
おまけに当時の日本人は、敗戦と同時に、精神的なバックボーンを、失ってしまった。
それまでは「天皇」が神であり、「陛下」「陛下」と言っていれば、何も考えなくてもよかった。
現在の北朝鮮のようなもの。
(戦時中の日本が、あそこまでひどかったとは思いにくいが……。)

敗戦と同時に、日本人は、「金権教」へと走った。
事実、「信仰すれば、庭木に札の花が咲く」と教えた宗教団体があった。
その宗教団体は、戦後、日本でも最大の宗教団体になっている。

が、同時に失ったものも多い。
「心の豊かさ」である。

私がオーストラリアへ留学したとき、何よりも驚いたのは、農家の人たちのレベルの高さ、だっ
た。
友人の父親は、夕食後にチェロを演奏してみせてくれた。
母親は4年生の大学を卒業していて、マナーも洗練されていた。

とても残念なことだったが、1970年当時の日本は、そうではなかった。
農家といっても、GHQによって農地解放される前は、そのほとんどが、「小作人」と呼ばれる人
たちだった。

その(差)を、直接肌で感じたとき、私はこう思った。

「日本が、オーストラリアのようになるためには、50年はかかる。
あるいは永遠に不可能かもしれない」と。

しかしその後の日本の経済的発展は、ものすごかった。
その後、20年を待たずして、経済的には、オーストラリアを追い抜いた。
生活のレベルもそれほどちがわないところまで、追いついた。

しかし(モノ)はそれでよいとしても、(心)は、そうでない。
今の今でも、金権教は、いたるところにはびこっている。
程度の差こそあれ、私もあなたも、みな、その信者といってもよい。

もちろん先にも書いたように、だからといって私は(マネー)を否定しているのではない。
お金で幸福は買えないが、しかしお金がなければ、みな、不幸になる。
問題は、その稼ぎ方と、使い方ということになる。
その視点を見失うと、結局は人生、……というより、「命」そのものを、棒に振ることになる。

【Mさんより、はやし浩司へ】

ありがとうございます。
何度も読み返しました。

先生のおっしゃることあたっております。
私は、不幸にして不幸な家庭で育ちました。
中学のときに進路を決める際、私は体育科の高校へ進学したかったのですが、
父親に猛反対を受け、また、大学進学の際にも猛反対を受け、
結局地元の短大へ進学することになりました。

小学校のころから運動が得意で、父親もほめてくれておりましたが、
進学先のことや、また、体育の先生になることは反対でした。
理由は、通学が遠かったこと、寮など、家を出ることを許さなかったこと、
体育の先生は長く続けられないと思ったこと、などだと思います。

それならほめてくれなければよかったと思います。
いまでは、スポーツとは一切関わりたくないと思っています。
そのことを考えるだけで、涙がでてきますし、いまだに父親にはそのことを
持ち出して喧嘩となります。一生反抗期です。
母も反抗期がなく過ごしたからこうなったと言っています。
いわゆるいい子だったのだと思います。

極論は、私は早く父親がいなくなればいいと思っております。
ただ、その時は怒りをぶつける相手がいなくなって放心状態になるのでしょうか?
言い方は悪いですが、被害者の家族が、加害者が死刑になってしまったあとは
どこへ怒りや悲しみをぶつければよいのかということです。
その方たちには失礼なことかもしれませんが、私もきっと苦しむと思います。

不幸な結婚かどうかはまだわかりません。

おねしょの件は、赤ちゃん返りとわかったのは、治ってからそう思えたことです。
姉の子供が5年生になっても人前でおもらしをしていたのを見て、おそろしくなりました。
それで、治療という形をとったのです。

本論に入りますが、ほめそだては一般論です。
私は、うちの息子はほめることができません。
ほめる内容がないのです。なんでもいいからと教育センターの方にも
いわれました。

私も息子から離れたいのです。仕事もフルタイムで働いていますし、
学校の役員をやったこともありますし、剣道の役員、当番なども引き受け
何かと忙しくしており、また、エステにいったりして気分転換をはかったり・・・。
また、妹もおりますので、ほかにやることはたくさんあります。
ただ、主人が遅い帰宅なので、夕食のために定時で帰らなければなりません。

これ以上はなにができますか?

私は自分と同じ目に遭わないでほしいのです。
少なくとも、やりたいことがあればなんでもさせてやりたい。
過保護はごもっともです。
でも、自分自身の今が本当につらい、自分の親や、主人に理解されない。

たまたま、私とおなじ境遇の人、友人の弟さん(行きたい大学に受験させてもらって合格までし
たのに、結局地元の大学に行かせられてしまった人)の話を聞きました。
その人は親と全く連絡を取らない、実家にも帰らないそうです。電話をして、母親がでたときだ
け少し話しをするようです。

そんなことで、私を理解してくれる人(女性)がいます。
それが、どうということではないのですが、先生にも理解できますか?
子供がやりたい道をみつけて、親もそのことをほめてくれたのに、
進学はだめ。そんなのってありますか?

私自身それを解決しないかぎり、学歴コンプレックス&仕方なく今の仕事をしている姿勢
=毎日の生活は変わらないと思います。
子供にも教えています。
先生になりたければ先生の資格をとらなければいけないし、
ピアノの先生になりたければ音楽大学。
今からお母さんは体育大に行っても体育の先生にはなれない。
採用がないから。と
ばかげた会話かしれませんが、親から世の中を教えてもらえなかった
子供は不幸です。

以上が現在の私です。
私は旅行も大好きでした。
今は、子供と家のローンで、旅行にも行けません。

趣味はと聞かれたら、子育てと答えるでしょう。
それがいけないといわれそうですが・・・(笑)

もう少しヒントをください。
ほめ育ては一般論です。

ほんとに感謝しています。このような私にアドバイスしていただけること
うれしいです。
でも、涙がでるほどです。
よろしくお願いいたします。

【はやし浩司より、Mさんへ】

たまたま今朝(7月12日)に書いた原稿を、下に添付します。
(まままま様)を意識したわけではありません。
ただ少し参考になるのではないかと思いましたので、添付します。

で、メールを読んで、第一声。
「あなたは幸福ですよ」です。

ただ不完全燃焼症候群というか、それが転じて、もろもろの不満、不平につながっていると考
えられます。
あなたは何も失っていない。
すべてがうまくいっている。
「不幸な家庭」といっても、あなたが経験したような家庭は、珍しくもなんともない。
ごくふつうの家庭です。

が、あなたにも夢があり、希望もあった。
能力もあった。
しかしそういうものが、(実は父親が原因ではなく)、あなたの意志の弱さによってくじかれてし
まった。
子どものころから、あなたは親の人形になることによって、自分の立場を築き上げてきた。
そういう自分に対する嫌悪感、憎悪感が、姿を変えて、父親への反抗となっているのです。

こういうケースも少なくありません。
あなたは自分ひとりだけが、不幸だと思っているかもしれませんが、「不幸」というのは、そんな
ものではありません。

「思うようにならなかった」というのは、不幸とは言いません。

で、もしあなたにその力と、やる気さえあるなら、あなたが感じている不幸など、あっという間に
吹き飛ばすことができます。
今からでも、なんら遅くはないのですから、自分のしたいことをすればよい。
子どもを愛せないなら、愛せないで、よいのです。
世の中の10%前後の母親は、みな、そうです。
「あなたはあなた」「私は私」と、割り切って子育てを考えればよいのです。
もちろん(やるべきこと)は、やる。
その「限度のをわきまえている親を」(バートランド・ラッセル)、むしろすばらしい親というので
す。

気負わないこと。

あなたはすべてをもっている。
家族も、夫も、子どもも、健康も、若さも……。
いったい、それ以上、あなたは何を望むのですか?

私も日々に、自分の体と脳みそをいたわりながら、まるで薄氷の上を恐る恐る歩くような人生
を歩んでいます。
生徒たちには、「ジジイ」と呼ばれ、夜な夜な思いをはべらすことは、去っていった息子たちのこ
とばかり。
朝起きたとき、あのころのあの子どもたちの姿が見え、歓声が聞こえたら、どんなにすばらしい
ことだろう……。
あなたはその最中にいるから、その価値にまだ気がついていない!

ぜいたくを言うんじゃ、ない!

あなたも、外の空気を思いっきり吸ってみなさい。
呼吸ができる。
目が見える。
音が聞こえる。
歩ける、走れる、踊れる……。
そのすばらしさを、まず体感しなさい。

あなたは今、こうしてここに生きている。
そのすばらしさを、まず体感しなさい。

そして思う存分、心を解き放つのです。
過去にずるずると、いつまでも引っ張られていたら、損ですよ。
今を原点に前に向かって進むのです。
何だってできるでしょう。

不平、不満があったら、こうした掲示板に、自分の気持ちをたたきつけたらいいのです。
読むくらいのことしかできませんが、私だけは、まちがいなく、読んであげます。
(ほとんどアクセスのない掲示板ですが……。)

同じ仕事でも、いやいやしていれば、その辛苦は、倍加します。
しかし前向きにしていれば、その辛苦は霧散します。
子育てもしかり。
親子関係もしかり。

いいですか、あなたの運命は、受け入れなさい。
それが重病であるとか、あなたが闘うことができないものであるなら、それはあきらめるしかあ
りませんが、どれも、あなたの「力」で何とかなるものばかりです。

繰り返します。
ぜいたくを言んじゃ、ない!

また不完全燃焼症候群については、多かれ少なかれ、家庭に閉じ込められた妻たちが、み
な、感じているもの。
暇があったら、『マジソン郡の橋』(ウォラー)でも、読んでみたらどうでしょう。
「かさぶたになったような人生」です。
映画でもいいですが、映画のほうは、ラブロマンスになりすぎています。

あなたのような若い方が、過去を引きずって、その鎖の中でもがいているのを知ると、かわい
そうというより、あわれでなりません。
あなたの夫は、そういうあなたに、気づいていますか。

これは自慢話ではありません。

私の嫁は、2人の子どもをかかえながら、日本で言う司法試験に合格し、今月から、インディア
ナ州立大学のロースクールに通っています。
息子は、グーグル社への入社をあきらめ、現在は、半主夫業をしています。
もっと自由にあなたの人生を組み立てることはできませんか。
夫の協力は不可欠ですが……。

あなたはすばらしい人ですよ。
文面から、それがよくわかります。
活動的で、家族思い。
知的能力も高く、好奇心も旺盛。
健康だし、家族をよくまとめている。
犠牲心も人一倍ある。

そういう自分を信じて、とにかく前に向かって進むしかない。
それが何であるかは、私にもわかりませんが、あなたには、あなたのすべきことがあるように
思います。
母ではなく、妻でもなく、女でもなく、1人の人間として、です。

まず心を解き放つこと。
過去と決別すること。
体は、あとからついてきます(アメリカの格言)。

がんばれ、声援します!

はやし浩司

【はやし浩司より、Mさんへ】(追伸)

ワイフに意見を求めました。
そのワイフが言うには、「Mさんは、がんばっているわ」でした。
学校のことも、家庭のことも、よくやっている、と。

私もそう思います。

不完全燃焼症候群について書いた原稿を添付します。
この問題は、ほとんどの母親に共通する問題かと思っています。


++++++++++++++++++++

子どもの自立

 ある母親(埼玉県U市在住のRYさん)から、こんなメールが届いた。 

「私には二人の子どもがおります。
一番上の娘が中学二年生、下の男の子が小学校の四年です。
とても優しい子ども達に恵まれ毎日幸せに暮らしています。
 
私は自分の子どもに、自らの足で立ち、自分の思うままの人生を
自分で考えて歩いてゆける人間に育って欲しい と思っていますが
子どもの自立のために、何かよいアドバイスがあれば、いただけませんか。

いくら頭で考え、子どもの人生や価値観を尊重しようと思っても、
実際問題として、日本の社会は目立つものは排除する社会に思えます。
馬鹿な親ですが、自分の子どもには苦労をさせたくない、
社会に適応し、周りとうまくやって欲しい……と
おろかな望みを抱いてしまいます」

 この母親のメールを読んで、最初に感じたことは、「これは子どもの問題ではなく、母親自身
の問題」ということ。その母親自身はまだ気づいていないかもしれないが、母親自身が、自分
の住む世界で、窒息している。

 以前、こんな原稿(中日新聞経済済み)を書いた。

++++++++++++++++++++++++

母親がアイドリングするとき 

●アイドリングする母親
 何かもの足りない。どこか虚しくて、つかみどころがない。日々は平穏で、それなりに幸せの
ハズ。が、その実感がない。子育てもわずらわしい。夢や希望はないわけではないが、その充
実感がない……。今、そんな女性がふえている。Hさん(三二歳)もそうだ。

結婚したのは二四歳のとき。どこか不本意な結婚だった。いや、二〇歳のころ、一度だけ電撃
に打たれるような恋をしたが、その男性とは、結局は別れた。そのあとしばらくして、今の夫と
何となく交際を始め、数年後、これまた何となく結婚した。

●マディソン郡の橋
 R・ウォラーの『マディソン郡の橋』の冒頭は、こんな文章で始まる。「どこにでもある田舎道の
土ぼこりの中から、道端の一輪の花から、聞こえてくる歌声がある」(村松潔氏訳)と。主人公
のフランチェスカはキンケイドと会い、そこで彼女は突然の恋に落ちる。忘れていた生命の叫
びにその身を焦がす。どこまでも激しく、互いに愛しあう。

つまりフランチェスカは、「日に日に無神経になっていく世界で、かさぶただらけの感受性の殻
に閉じこもって」生活をしていたが、キンケイドに会って、一変する。彼女もまた、「(戦後の)あ
まり選り好みしてはいられないのを認めざるをえない」という状況の中で、アメリカ人のリチャー
ドと結婚していた。

●不完全燃焼症候群
 心理学的には、不完全燃焼症候群ということか。ちょうど信号待ちで止まった車のような状態
をいう。アイドリングばかりしていて、先へ進まない。からまわりばかりする。Hさんはそうした不
満を実家の両親にぶつけた。が、「わがまま」と叱られた。夫は夫で、「何が不満だ」「お前は幸
せなハズ」と、相手にしてくれなかった。しかしそれから受けるストレスは相当なものだ。

昔、今東光という作家がいた。その今氏をある日、東京築地のがんセンターへ見舞うと、こん
な話をしてくれた。「自分は若いころは修行ばかりしていた。青春時代はそれで終わってしまっ
た。だから今でも、『しまった!』と思って、ベッドからとび起き、女を買いに行く」と。「女を買う」
と言っても、今氏のばあいは、絵のモデルになる女性を求めるということだった。晩年の今氏
は、裸の女性の絵をかいていた。細い線のしなやかなタッチの絵だった。私は今氏の「生」へ
の執着心に驚いたが、心の「かさぶた」というのは、そういうものか。その人の人生の中で、い
つまでも重く、心をふさぐ。

●思い切ってアクセルを踏む
 が、こういうアイドリング状態から抜け出た女性も多い。Tさんは、二人の女の子がいたが、
下の子が小学校へ入学すると同時に、手芸の店を出した。Aさんは、夫の医院を手伝ううち、
医療事務の知識を身につけ、やがて医療事務を教える講師になった。またNさんは、ヘルパー
の資格を取るために勉強を始めた、などなど。

「かさぶただらけの感受性の殻」から抜け出し、道路を走り出した人は多い。だから今、あなた
がアイドリングしているとしても、悲観的になることはない。時の流れは風のようなものだが、止
まることもある。しかしそのままということは、ない。子育ても一段落するときがくる。そのときが
新しい出発点。アイドリングをしても、それが終着点と思うのではなく、そこを原点として前に進
む。方法は簡単。

勇気を出して、アクセルを踏む。妻でもなく、母でもなく、女でもなく、一人の人間として。それで
また風は吹き始める。人生は動き始める。

++++++++++++++++++++++

【RYさんへ】

 それがよいことなのか、悪いことなのかは別にして、アメリカ人の生きザマを見ていると、実
に自由を謳歌しているのがわかります。それだけにきびしい世界を生きていることになります
が、そういうアメリカ人や、アメリカとくらべると、日本の社会は、まさに「ぬるま湯社会」というこ
とになります。

 この「ぬるま湯」の中で、人生の入り口で権利を得た人は、たいていそのままずっと、その権
利をなくすことなく保護されます。それがRYさんが、おっしゃる、「日本の社会は目立つものは
排除する社会に思えます」ということではないでしょうか。社会そのものが、見えない糸で、がん
じがらめになっています。

 たとえば私の友人のユキコさん(三一歳女性、日系人・アーカンソー州リトルロック在住)は、
今、アメリカで、老人福祉の仕事をしています。日本でいう公務員ですが、こう言っています。
「アメリカでは、公務員といっても、どんどん自分から進んで何かをしていかないと、クビになっ
てしまう。また自分で何かアイディアを出したり、新しいことをしたいというと、上司が、もっとや
れと励ましてくれる」と。

 本当は、ユキコさんは、もっと過激なことを言っていますが、日本の社会の現状とは、あまり
にもかけ離れているため、ここでは控えめにしました。ユキコさんは、「社会のしくみそのもの
が、そうなっている。日本のように、上から言われたことだけをしていれば、安心という考え方
は、通用しない」とも言っていました。

 こうした傾向はオーストラリアにもあって、私の友人の多くは、生涯において、何度も職種そ
のものを変えています。またそういうことをしても、不利にならないしくみそのものが、できあが
っています。あのヨーロッパでは、EU全体で、すでに大学の単位は共通化されていて、どこの
大学で学んでも、みな同じという状態になっています。

 世界は、どんどん先へ行っている。アメリカだけでも、学校へ行かないで、家庭で学習してい
る、いわゆるホームスクーラーと呼ばれる子どもは、現在、二〇〇万人を超えたと推計されて
います。もっと世界の人は、自分の人生を、子どもの人生を、自由に考えている。あるいは自
由という基本の上に置いている。日本人の悪口を言うのもつらいですが、この程度の自由を、
「自由」と思いこんでいる、日本人が、実際、かわいそうに見えます。

 RYさん、これはあなたの子どもの問題ではありません。あなた自身の問題です。あなたが魂
を解き放ち、心を解き放ちます。そしてあなた自身が、大空を飛びます。それはちょうど、森へ
やってくる、鳥の親子連れと同じです。子どもの取りは、親鳥の飛び方を見て、自分の飛び方
を覚えます。あなたが飛ばないで、どうして子どもが飛ぶことができるでしょうか。

 「自分の子どもには苦労をさせたくない。社会に適応し、周りとうまくやって欲しい」ですか
あ? しかしそんな人生に、どれほどの意味があるというのでしょうか。私は、一片の魅力も感
じません。しかたないので、そういう人生を、私も送っていますが、しかし心意気だけは、いつ
も、そうであってはいけないと思っています。RYさんが言う「社会」というのは、戦前は、「国」の
ことでした。「お国のため」が、「社会のため」になり、「お国で役立つ人間」が、「社会で役立つ
人間」になりました。今の中国では、「立派な国民づくり」が、中国の教育の合言葉になっていま
す。日本も、中国も、それほど違わないのではないでしょうか。

 今、行政改革、つまりは日本型官僚政治の改革は、ことごとく失敗しています。奈良時代の
昔からつづいた官僚制度ですから、そう簡単には変えることができません。それはわかります
が、この硬直した社会制度を変えないかぎり、日本人が、真の自由を手に入れることはないで
しょう。今も、子育てをしながら、RYさんのように悩んでいる人は多いはずです。小さな世界
で、こじんまりと、その日を何とか無事に過ごしている人には、それはわからないかもしれませ
んが、しかしこれからの日本人は、そんなバカではない。「しくまれた自由」(尾崎豊「卒業」)
に、みなが、気づき始めている……。

 これは子どもの問題ではないのです。RYさん、あなた自身の問題なのです。ですからあなた
も勇気を出して、一歩、足を前に踏みだしてみてください。何かできることがあるはずです。そし
てあなた自身をがんじがらめにしている糸を、一本でもよいから取りのぞいてみるのです。

 私は母ではない!
 私は妻ではない!
 私は女ではない!
 私は、一人の人間だア!、と。

 いいですか、RYさん、母として、妻として、女として、「私」を犠牲にしてはいけませんよ。自分
を偽ってはいけませんよ。あなたはあなたの生きザマを、自分で追求するのです。それが結局
は、あなた自身の子育て観を変え、あなたの子どもに影響を与えるのです。そしてそれが、
今、あなたが感じている問題を解決するのです。

 家庭は、それ自体は、憩いの場であり、心や体を休める場です。しかしそれを守る(?)女性
にとっては、兵役の兵舎そのもの※。自分の可能性や、夢や希望、そういうものをことごとく押
しつぶされ、家庭に閉じ込められる女性たちのストレスは、相当なものです。(もちろん、そうで
ない女性も、約二五%はいますが……。)仕事をもっている男性には、まだ自由は、あります
が、女性には、それがない。

 だから家庭に入った女性たちほど、自由を求める権利があるのです。その中の一人が、RY
さん、あなたということになります。

 私たちは、ともすれば、自分の隠された欲求不満に気づかず、そのはけ口を子どもに求めよ
うとします。子どもを代理にして、自分の果たせなかった夢や希望を、子どもに果たさせようと
するわけです。しかしそんなことをしても、何ら解決しないばかりか、不完全燃焼の人生は、不
完全燃焼のまま終わってしまいます。

子どもにしても、それは負担になるだけ。あるいは子どもがあなたの期待に答えれば、それで
よし。しかしそうでなければ、(その可能性のほうが大きいのですが……)、かえってストレスが
たまるだけです。あるいはそれがわかるころになると、あなたも歳をとり、もうやり返しのできな
い状態になっているかもしれません。

 だから私は、「これはRYさん、あなた自身の問題だ」と言うのです。さあ、あなたも勇気を出し
て、その見本を、子どもに見せてやってください。

 「私は、自らの足で立ち、自分の思うままの人生を自分で考えて歩いているのよ。あんたたち
も、私に見習いなさい!」とです。それは、とっても、気持ちのよい世界ですよ。約束します。
(030625)

※「男は軍隊、女は家庭という、拘禁された環境の中で、虐待、そして心的外傷を経験する」
(J・ハーマン)。










 Q&A INDEX   はやし浩司のHPへ 
【10】
●不安な子育てに悩む

+++++++++++++++

掲示板のほうへ、
こんな相談がありました。
毎日子育てをしながら、
不安でならない……。
そんな内容の投稿です。

+++++++++++++++

小学一年生(6歳)の娘と、私自身のことで毎日、戸惑っています。

私自身も自分の心に問題、(わがまま、恩着せがましい依存性など、幼児的願望が強い)を抱
えていることを自覚しています。まだ、それを克服することができず心の中で、のた打ち回って
いるのが現状です。

そのこともあり、娘には三歳まで私の母や姉、主人の手を借りて何とか一切怒ることはもちろ
ん、叱ることもせず過ごしました。(娘を出産した病院の院長先生に、三歳までは何があっても
怒ってはいけないと忠告されたためです。)

けれど、娘が四歳を過ぎてからそれまでのがまんが限界にきたのか、自分でもどうしようもなく
ヒステリックに娘に怒ることが多くなり、このままでは娘が壊れてしまうような危機感を感じてい
たところ、はやし先生のこのリンクに出会い、近ごろは娘と距離を置くようにしています。

ただ、そうすればそうするほど娘が私に、絡んでくるのです。例えば、ひらがなの『や』が、「これ
は『か』に見えるから直しなさい。」と言うと、「やだ、これでいい。」とか、「お母さんがこんな風に
教えた」とか、そこから始まり、その後の食事もお風呂もそれ以後ずっと機嫌が悪くなり、手が
つけられなくなるのです。

また、娘がふてくされていたり、つまらなそうな顔をしていても、その心をうまく汲み取れず、い
つもどおりに「帽子もちゃんと片付けなさい」など言ってしまい、それでもぐずぐずしている娘に、
「はやくしなさい」などと、追い討ちをかけてしまうのです。そうなると、その日はそれでもう何も
かも動かなくなるのです。

今朝娘が、「今日もお父さんは夜遅いから嫌だな、怒りんぼ母さんと一緒は嫌だ」と涙をためて
言う姿を見ると、私は私自身を蹴飛ばしてやりたい気持ちで一杯になりました。何故でしょう
か。気負いが強すぎるのでしょうか。

『1日1回、娘をゲラゲラ笑わせてやる』という私自身の目標も、全然実現しないし、本当に私は
娘に優しくないんです。いつも何かに追いかけられているような気がして、(ゆっくり)ができない
のです。

夕方娘と庭に水をまき、ゆっくり娘が育てているアサガを見ながら、冗談でも言ってゲラゲラ笑
いたいのに、「さ、早く手と足を洗って部屋に入ろう」などと言ってしまうのです。何か、いつも自
分がガツガツ急き立てられていて、心にゆとりがもてない。こんなことしていたら娘もそうなる。
だから「急き立てたり、『早くしなさい』を言わずにいよう」と、そう毎日心で唱えていても、極端な
話、口が勝手に言ってしまう感じで・・・その後、自己嫌悪で胸が苦しくなります。その繰り返しで
す。

娘に優しくゆったり接することができない私と、一度こじれたら修復できない娘のぐずぐず・・・。
『こんな母親死んでしまえ』と心で自分に怒鳴りつけているのですが、どうしていいのかわかりま
せん。

林先生がおっしゃる「一貫性」は本当に難しい、と言うより苦しいです。毎日、朝と学校から帰っ
てきたら、娘を抱きしめています。けれど、娘にしていることはそれだけです。私の心のどこを
どう整理をしたら、優しい母親、娘に優しく接することができる母親になるのか、私自身がわが
ままで、甘えているのは重々わっているのですが、何か一筋のくもの糸でもかまいません。何
か助言がありましたらどうか教えて下さい。お願いします。

【はやし浩司より、UNKNOWN様へ】

あなたを、Uさんとしておきます。
Uさん自身も、不幸にして不幸な家庭環境で、育っているとみてください。
「不安」の原因は何かわかりませんが、恐らくUさんが0〜2歳前後ごろ、その(種)ができたも
のと思われます。

Uさんからみて、安心して、のんびりと過ごせる家庭環境になかった。
とくに母子関係(Uさんと、Uさんの母親の関係)を疑ってみてください。
Uさんの母親もいつも不安で、その不安を、Uさんにぶつけていたと思います。
それが今の、Uさんのパニック障害(少し前まで、「不安神経症」と呼ばれていました)につなが
っていると考えられます。

(心の緊張感が取れないことを、以前は、不安神経症と呼んでいました。
いつも心は緊張状態にあって、その状態のところへ何らかの不安や心配が重なると、一気に、
緊張状態が加速され、そこでパニック状態になるというわけです。)

ショッキングなことを書きましたが、まずUさん自身の過去と、真正面から向き合うことが大切で
す。
Uさん自身の心の奥深くを、自分でのぞいてみることです。
この問題は、そういった問題があるということではなく、Uさん自身が、自分の過去に気づくこと
なく、その過去に振り回されるところに問題があります。

Uさんは、心豊かで、愛情に満ちた乳幼児期を過ごしましたか?
全幅の(さらけ出し)をしながら、幼児期を過ごしましたか?
恐らく、そうではなかったと思います。
Uさんは、親の前で、いつも(いい子)でいた(?)。

もっとはっきり言えば、あなた自身の中に、(母親像)が育っていないということです。
あるいはUさんは、いつも母親を拒絶してきたというケースも考えられます。
その結果が、「今」ということです。

この問題は、子どもの問題ではありません。
Uさん自身の中の、(不安)の問題です。
この(不安)がなくならないかぎり、Uさんは、つきからつぎへと自分で問題をつくり、それに振り
回されることになります。
取り越し苦労とぬか喜びの繰りかえし……というわけです。

で、さらに問題をほりさげると、何が、今、Uさんを不安にさせているかということになります。
もちろん子育てについての不安もあるでしょう。
家庭問題? 夫婦問題? 経済問題? 家族の問題?

こういうケースでは、夫の協力が不可欠です。
しかしUさんは、その協力をじゅうぶん、得られず、それ故にさらに悶々と悩んでしまっていま
す。
袋小路に入ってしまっているのかもしれません。

実のところ私にも似たようなところがありますので、Uさんの精神状態がよく理解できます。
で、私のばあい、できるだけ食生活で、自分の心を安定させるようにしています。
海産物中心の献立にするなど。
Ca、Mg、Kが効果的です。
私の友人は、精神が不安定になると、いつもポケットからカルシウム剤を取り出して、ボリボリ
と口の中で、それをかんでいます。

あとは薬局で売っているハーブ系の安定剤を、よく口にします。
内科でも、副作用の少ない安定剤を処方してくれますので、一度、そういうところで相談なさっ
てみられたらどうでしょうか。
薬名はここでは書けませんが、私はときどき、それを2つに割って、口の中で溶かしながら、服
用することもあります。
(本当は1錠なのだそうですが、こうした精神薬は、いつも半分にして、口の中で溶かして服用
することにしています。
このあたりのことは、医師とよく相談して決めてください。)

Uさんにはつらいでしょうが、この問題は、これから先、一生つづきます。
たまたま今は、それが小1の子どもに向かっているだけ、ということです。
ではどうするか?

あとはそういう自分とうまくつきあうだけです。
「治そう」とか、「直そう」と思う必要はありません。
うまくつきあうのです。
みんな、どんな人でも、その程度のキズというか、トラウマというか、そういうものをもっていま
す。
Uさんだけが特別というわけではありません。
Uさんが言っておられるように、Uさんは、心配先行型、不安先行型の子育てをしています。
ちゃんとした(母親像)が入っていないため、どうしても気負いが強くなります。
「いい母親でいよう」という思いが強すぎるため、かえってそれが重荷になってしまうというわけ
です。
それが今のような、どこかギクシャクとした子育てにつながっている。

そういうときは、肩の力を抜くことです。
(本当は、Uさんが子育てから離れて、自分の好きなことをし、その結果として、子育てから離
れられるようにするのが、よいですが……。)

「ほどよい親」「暖かい無視」を繰りかえしながら、あなたはあなたで、好きなことをすればよい
のです。
仮に子どもを愛せないなら、愛せないでも構わないのです。
実際、約10%の母親たちは、(10%ですよ!)、子どもを愛せないということも、わかっていま
す。
万事、自然体で、子育てをすればよいのです。
頭の中で、「こうでなくてはいけない」とか、「そうであってはいけない」とか、思う必要はないので
す。
「子どもを愛せないから、私は失格人間」と思う必要もありません。

あなたはあなた。
子どもは子ども。

毎日、学校から帰ってきた子どもを抱く……それだけでじゅうぶん、Uさんは、すばらしい母親
です。
私など、一度も、そういうことはありませんでした。
あとは「求めてきたときが、与えどき」と心得てください。
Uさんの子どもが何かを求めてきたら、すかさず、与える。
それでよいのです。

それから投稿にありました、子どもの反抗ですが、この時期の子どもに、ごくふつうに見られる
反抗ですから、気にしてはいけません。
いわゆる(口答え)です。
(幼児期から、少年少女期への移行期に見られる、ふつうの口答えです。)
いちいち本気にするから、おおげさになってしまいます。
(このあたりにも、あなた自身の母親像のなさが、見受けられます。)

私の書いた原稿で参考になるようなものとしては、(好意の返報性)(親像)(育児ノイローゼ)
(悪玉親意識)(気負い先行型)などがあります。
ヤフーなどの検索エンジンを使って、「はやし浩司 好意の返報性」というように検索してみてく
ださい。記事をいくつかヒットできるはずです。

Uさん、あなたはすばらしい母親ですよ。
これほどまでに、自分をみつめ、真剣に悩む母親は、そうはいない。
まず、そういうあなた自身に自信をもってください。
その自信が、あなたの子どもに伝わったとき、あなたの子どももまた、安心感をあたなにもつよ
うになるでしょう。

どのみち、あと2、3年で、あなたの子どもは、親離れを始めます。
今はがまんのとき。
じょうずに子どもが親離れできるように、子どもをし向けます。

繰りかえしますが、Uさんが今経験しているような、親子騒動(?)は、珍しくも何ともありませ
ん。
ごくふつうの、一般の親たちが経験する、何でもない問題です。
(みんな、外から見ると、うまくやっているように見えますが、そう見えるだけです。)
できれば小学2、3年の子どもをもつ親に相談してみることです。
「うちもそうですよ」というようなアドバイスをもらって、たいていそれで解決するはずです。

そしてここが大切ですが、Uさんも子どもが親離れするのに合わせて、自分のしたいことを追求
します。
あなたにはあなたの人生があります。
子どものために犠牲になるのは、美徳でも何でもありません。
そういう姿を見て、あなたの子どももまた、たくましく成長していきます。

子どもの機嫌など、取らないこと。
嫌われてもいいじゃないですか。
中学生でも、約60%の子どもは、「親のようになりたくない」「尊敬できない」と答えていますよ。

それでよいのです。
子育てに幻想をいだかないこと。
子どもに尊敬されようとか、好きになってもらおうとか、思わないこと。
それともあなたは、自分の母親や父親を尊敬していますか。
好きですか。
文面を読むかぎり、答は「ノー」のはずです。

ついでに「はやし浩司 レット・イット・ビー」という原稿も読んでみてください。
参考になると思います。
(たった今、自分で検索してみたら、18件、ヒットしました。)

「レット・イット・ビー」というのは、「あるがままに……」という意味です。

では、また。












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司 静岡県 浜松市 幼児教育 岐阜県美濃市生まれ 金沢大学法文学部卒 教育評論家 はやしひろし 林ひろし 静岡県 浜松市 幼
児教育 岐阜県美濃市生まれ 金沢大学法文学部卒 教育評論家 はやし浩司・林浩二(司) 林浩司 静岡県 浜松市 幼児教育 岐
阜県美濃市生まれ 金沢大学法文学部卒 教育評論家 Hiroshi Hayashi / 1970 IH student/International House / Melbourne Univ.
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